プロローグ
「いらっしゃいま………なんだ、ケイか。」
「なんだ、はないだろ~。俺はお客様だぜ?」
「お客様は店の人間に『謎解き』を頼んだりしません。」
「お前……まだあの件のこと根にもってんのか?
しつこいなぁ~。」
『あの件』というのは、つい3ヶ月ほど前に俺の依頼人である男性のところにきた写真の謎を、俺の幼なじみでここ『喫茶 BeLiebe』のマスターをやっている佐倉ハルキに解いてくれと頼んだ件のことだ。
(その時、ハルは見事にその謎を解き明かしてみせたのだ。)
「俺は根にもつタイプだって知ってるだろ?」
「まぁな。あ、俺コーヒー1つね。」
「…………かしこまりました。」
不服そうにハルがコーヒーを用意する。
「お待たせいたしました。」
「サンキュ~。あ、やっぱサンドウィッチもちょうだい。………なぁ…」
「却下。」
サンドウィッチをつくりにキッチンへと行きながらハルが即答する。
「まだ何も言ってないだろ~。」
「どうせ、一緒に探偵しようって話だろ?
もう何度目だよ。第一、俺は探偵に向いてない。
それに、この店たたむ気もないしな。」
「……………ったく、分かったよ……。」
まったく……その鋭さが必要なのになぁ…。
「……ほんと宝の持ち腐れだよな…。」
「悪かったな、宝の持ち腐れで。」
サンドウィッチを持ってきながらハルが言う。
「なっ?!聞いてたのかよ。」
「聞こえたんだよ。いらっしゃいませ……おや。」
ハルが話の途中で新たな客の応対をする。
ハルの反応が珍しかったので気になって俺も入口の方を見てみると…
「どうもお久しぶりです。今……大丈夫ですか?」
入口に立っていたのは、3ヶ月前の依頼人の男性大岡さんその人だった。
「大丈夫ですよ。よろしければこちらへどうぞ。」
そう言うと、ハルは俺の隣のカウンター席に大岡さんを案内した。
「あ、探偵さんも来られてたんですか。」
「ええ、まぁ……。あの、探偵さんって堅苦しいんで……気軽に『ケイ』呼んでください。」
「そうですか?あ、マスター。
僕にもコーヒーを1杯ください。」
「かしこまりました。」
大岡さんは席に座りながら言う。
「いや~ここのコーヒーの味が忘れられなくて。
本当はすぐにでも来たかったんですけど……身辺整理や中国への新人研修で忙しくてなかなか来れなかったんです。」
「あれ?でも大岡さんはもう5年くらい勤めてらしてますよね?」
調査書の中にあったはずだ。すると大岡さんは…
「あ、いえ………ちょうど3ヶ月前に会社をやめて今の会社に再就職したんです。もともと声はかけていただいていたんですけどね。まぁ、それで…また新人扱いです。」
そういって大岡さんは笑う。しかし、その顔は充実感で溢れていた。
「おまちどうさま。あ、お客さん見ない顔だね。
ケイちゃんやハルキの知り合い?」
「えっ?あ、いや……。」
コーヒーをもってきたウエイトレスに急に話しかけられた大岡さんはしどろもどろになっている。
「こら。大岡さんは俺の元クライアントだよ。」
「ふーん。ケイちゃんのクライアントだった人なのに、ハルキも知ってるってことは……さてはケイちゃん。またハルキに解かせたなぁ。」
「ったく、そんなの俺の勝手だろミー。」
彼女は俺とハルの高校の同級生で、ここのウエイトレスをしている『ミー』。
「そんなこと言う?!あ~私は悲しいね。高校の同級生に冷たくされる、いたいけな私。」
「はぁ………お前、馬鹿だろ。」
「……!女の子に馬鹿って言う?!
ハールーキー……。」
ミーはハルに泣きつく…がしかし、
「あーもう、うっとうしい。
ケイと大岡さんのとこは俺が持っていくって言ったよな?」
「だってさ~気になるじゃん。」
「だからって勝手に持ってくなよな。」
「もう出来てたんだからいいじゃんか~。」
「いや、だからさ、俺にも段取りが………はぁ。もういい。
ミーはあっちのお客さんの注文とってきて。」
「はいはーい。」
ハルは注意を諦めたのか、ミーにそう言うとこちらに戻ってきた。
「うちの従業員が申し訳ありませんでした。」
「いえ………元気な女性ですね。」
「まぁ、毎日疲れますよ。」
とハルは苦笑いを浮かべながら答える。
「それでも、彼女には助けてもらってます。」
「でもほんと………1年前と比べると明るくなったよな…。」
「1年前?」
「あ、いや………。」
答えられない俺にハルが目で『馬鹿』と訴えてくる。そんなの、俺もわかってるよ。
大岡さんは何かを感じ取ったのか、
「あ……でしゃばり過ぎましたね…すいません。」
と言ってコーヒーを一口啜った。
俺がハルの方を見てみると、ハルも俺の方を見ていた。俺は大岡さんの方を向いて話始めた。
「実は1年前………。」
話しながら俺は思う。
そういえば、1年前の『アレ』がハルが解いた最初の謎だったのかもしれない。