どうせ初恋は叶わない
どうせ初恋は叶わない。初めて恋してる人への常套句。
果たしてその言葉に含まれている意味は
羨望なのか、嫉妬なのか。
助言なのか、心配なのか。
でもきっと、どれでもいいし、どうでもいい。
だってどうせ、叶わないというのなら。
――――――足掻くだけ足掻いてもいいじゃない?
☆☆☆☆☆
私が最初に君と話した時から、君はずっとその顔だった。
「僕は君を好きにならない」
「恋として?」
「恋として」
いつまでも続く仏頂面。知り合いにすら他人めいた不愛想な態度。
席が隣り合って話し始めたことがきっかけで、時折話すようになって。
それが一緒にいて、それが自然となる時まで、そんなに時間はかからなかった。
だから惹かれて、だから恋をした。
一目惚れなんてものはなかった。緩やかに変わっていく感情が、心地よかったから声を上げた。
水を注ぎ続けたコップから、水が溢れてしまうように。
でも君は、そんな私を受け取らなかった。
友人としては好きだけど、隣人としても好きだけど、恋人としては違うといって。
「僕と君は近すぎる。それは距離も然り、性質も然り。とても似ている僕たちだから、一緒にいれば心地いい」
でもそれじゃあだめなんだ。いつもは無口な癖にして、こんな時だけ長く話した。
いつも聞きたいと思った声で、絶対に聞きたくない言葉が聞こえてしまう。
「……君のいうことは分かんないよ。難しいというよりも、納得できないという意味で」
だから私は諦めないよ。それが私の返事だった。
それからはずっと一緒だった。友人として、隣人として、だけど恋人では無い近しい人。
どうせこんな人間を好きになる酔狂な奴なんていないだろうと考えて、私はのんきにも待ちの姿勢を決め込んだ。
どうせこれ以上好きになれる奴なんていないだろうと考えて、私はずっと君の傍にいることにした。
だからこそ、その言葉を聞いたときは耳を疑った。
一週間ぶりに会えた金曜日。
酒に酔った彼の口から漏れたのは、「どうすれば彼女は振り向いてくれるのか」
――――――涙が、止まらなかった。
そこにあったのは、はらはらと、なんて儚さを感じさせるような寂しさじゃなくて。
ぽつぽつと、雨が地面に染み込むような、浸透していく淋しさだった。
長く長くつづいた初恋の終わり。
それはきっと、私を彼が受け入れないと知った時から、いつか来ると確信していた瞬間。
私の知る限り、彼は一度として自分の言葉を違えたことは無かった。だからきっと、あの言葉を聞いたときから私はずっと不毛な恋をしていたのだ。
でもそれは唐突で、予想していたのはもうちょっと私に慈悲があって、こんな疑いようもない本音を一気に突きつけられるなんてものではなかった。
こんな風に、私のことすらも見えない状態で、誰か私以外を見た彼が、何処かを眺めるようにして、恋い焦がれるようにして、告げられるはずでは無かった。
せめて暴力的な終わりじゃなくて優しい終幕が欲しかった。
いつかの想いの果てが、こんな現実だなんて思わなかった。
泣きだした私を見て、君はおろおろと取り乱す。
その様子があまりにも取り乱し過ぎていて、私は少し笑ってしまう。
泣きながら、笑ってしまった。
諦めさせて、欲しかった。
諦めたく、なかった。
続きたい、という想いと
終わりたい、という思い
相反する二つの願いがたった一つしかない私の心を引きちぎってしまう前に、どうにかしてほしかった。
そしてそれを成す人は、君であることを願っていた。
救いを、求めていた。
多分これは、そういうことだ。
だからこれは、そういう涙だ。
☆☆☆☆☆
枯れた花の前にいつまでも佇んでいることが無駄なように。
私があなたの想いを待つことすらもいずれ無為となる時がくる。
どうせ初恋は叶わない。
私にとってきっとこれは、初めて恋した人を諦めるための常套句。
前に進むための魔法の言葉。




