蒼天の空に何を見る 2
表情筋が固まったかのような無表情。
笑顔は作れば、出来上がるのはぎこちない奇妙な表情。両親にもらった容姿は双子とも同じものだったが、中身はといえばルシウスは父に、クラウスは母に似たようだった。不器用なほど表情を取り繕えないルシウスは、次期公爵として、表情を作るのではなく隠すことで、内面を読ませない方法を選んだ。
だから無表情なのはいつものことだ。
だが、憤然とした怒りは、その表情を一層固く冷たく見せていた。
その若い双肩に掛かる期待と責任。それを重たいと投げ出したことはない。
両親が大切に守り通してきたものを継ぐ、その誉れを心に刻んで、彼は純粋なほど誠実にこの国と向き合う。
若き頃の父、レオニートのように。
フメラシュ公の昔の逸話を聞く度に、この親子は本当によく似ているとマティアスは思った。ルシウスは父を真似ているのではない。余りにも中身が父親に近しいだけなのだろう。
少し早足で歩く青年の後を追いながら、騎士団長はその背にフメラシュ公を重ね合わせた。
忠誠を尽くすのに、この親子ほど尽くし甲斐のある人物はいない。
先ほども、彼らの罪を知りながら身内だからと安易に減刑を請うような貴族であれば切り捨て然るべきという彼の決断は正しい。必要以上に貴族を敵に回すのは良くないが、彼らの行動にその家名は地に落ちた。それを理解もしない特権意識の肥大した貴族など、今後この国に災禍しか呼び込まない。
彼らは見せしめだ。
ルシウスに代替りすれば、今よりも己の権限が増すと勘違いする浅はかな貴族たちに、それほどこの若い次期国主は甘くはないと知らしめるための。
「…まだ、腹の虫は治まりませんか?」
緩やかに投げかければ、前を行くその人がぴたりと足を止めた。
彼は、振り返りはしなかった。前を向いたまま、胸の奥に詰まったものを全部乗せるかのように大きく息を吐き出すと、空を仰いだ。
つられるように、マティアスも空を見上げる。
そこには冬の澄んだ空気に、抜けるように高い青空が広がっていた。
吸った空気が冷たく肺を満たす。
なんの変哲もない空だ。
だが、雲一つない、思わず手を伸ばしてしまいそうになる遥かな蒼穹から、目が離せない。
遠く、遠く。見渡す限りに広がる青。
「空は誰の上にも等しくあって、雨に打たれたことのない貴族などいない。それを言えば当たり前だと笑うのに、どうして彼らは階級という目に見えないもので自分が特別だと信じられるのだろうな」
ぽつりと、こぼれた言葉に虚を突かれる。
天候に左右され、自分や誰かの気持ちに左右される。何もかもが思い通りにいかない毎日。家族がいて、仕事を持ち、…巡り来る、今日という日を生きる。
その視線で問われれば、貴族も平民も、何が違うのかと明確に答えられるものは果たしてどれだけいるのだろうか?
じっと、凝視する視線に気がついたのか、ルシウスは振り返った。
「こんなに広い空の下で、私はまだひとつのことに腹を立てる矮小な存在だ。だが、海の向こうでは腹が立っても怒れない人がいたんだ。代わりにしばらく怒っていてもいいだろう」
「それは……屁理屈ですね」
遠くを見つめる深淵なる瞳に感嘆した後、その子供じみた言葉に、マティアスは親しみを感じて苦笑した。
「何とでも言え」
どこか不貞腐れたような声には、疲労感が混じる。
「…あの侍女への尋問は…他の者に任せるべきでしたか」
彼は確かに次期国主だ。だが、まだ一人の若き青年でもある。守るはずだった妹を切り捨てる覚悟など、本来であれば持つ必要はなかった。
公女さえ変わってくれたならば。
3人の兄妹の仲の良い、微笑ましい遣り取りは続けられたはずなのに。
痛ましさにマティアスは眉根を寄せた。