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蒲公英と冬狼 番外編  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
蒼天の空に何を見る
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蒼天の空に何を見る 1



そこは、暗い牢獄の中であった。


狭隘な部屋の壁には、松明の明かりに作り出された人の影が、ゆらゆらと揺らめいている。

ひしめくと言って過言ではない人の多さに、狭さが余計と強調されて息苦しさを感じるほどだ。

捕らえられた者たち、監守、そして、来訪者とその護衛。これほどに人が居るのにも関わらず、その密室に響き渡るのは、虜囚とは思えぬほど目を輝かせ、滔々と語り続ける男の声だけだった。そこには相槌も、詰問の声さえ聞こえてはこない。

異様な静けさに、気付かないのは当の本人だけであった。

彼の口は、如何に公女が素晴らしい女性であるかを熱烈に語った。

よくもまあ、それほどに湧いてくるものだと呆れるほど、冗長な賛辞の句を並べ立てる男は、自分たちの行動に正当性があると信じて疑わない。

我が国の姫を、オルフェルノの平民風情が将軍の婚約者気取って脅かしたのだ。立場も弁えぬ塵芥ゴミを排除しようとして、何故罪になるのだ。愚弄されたのは、明らかにフメラシュの方である。その尊厳を守るため、崇高な意志を抱き行動したというのに何故非難されなければならない?フメラシュの公女を下賜される誉れを拒絶したオルフェルノこそ愚かで、罪深いと、演説さながらに訴えかける。

沈黙に、男の口元がゆっくりと弧を描く。


(そうだろう、我らは正しい)


満足げに顔を上げた男は、そこで初めてその場の空々しい空気に気がついた。

反論の声もないが、…賛同の声もまた、聞こえない。

どの双眸にも映るのは、怒りとそして、軽蔑の感情。その違和感に訝しみ、口を閉ざす。賛同者を探すように視線を彷徨わせれば、鉄格子を挟み、その外にいるルシウス公子と騎士団長であるマティアスへと辿り着いた。だが、そこにも同意の色はない。それどころか、睥睨する二人の視線の厳しさに、男は思わず後ずさった。

彼の動揺など無視して、ルシウスの方は無言のまま冷たい眼差しを外すと、奥へと向ける。

ぱちぱちと松明の弾ける音が聞こえていた。

饒舌だった男が黙した後だからか、ささやかな音を拾ってしまうほど静けさが際立つ。

ルシウスの視線を向けた先には、顔色の冴えない男が呻き声を漏らし転がっていた。

仲間であるはずの男は彼の容態を鑑みることもなく、大声で話し続けていたのだ。牢内ではその声は反響し、随分な打撃になったことだろう。

その傍らに座る白衣の軍医は深々とため息をついた。

「ようやく黙ったか。それ以上続けるなら、問答無用で静かにさせてやろうと思ったが…。殿下、冬狼将軍閣下は余程ご立腹だったご様子。伺っていた通り外傷は鳩尾への一撃のみ。ですが、掠めた肋骨が砕かれ、内蔵に突き刺さっています。一応治療はされていたようですが、帰国のための長旅で状態はよろしくない。どうなされますかな?」

騎士に対して吐き捨てた医師は、どっしりと落ち着いた態度のままルシウスに向き直った。暗がりで色は曖昧だが、金というよりは灰色に近い髪色に、歳は60を越えている。フメラシュ公と同い年だという彼は、長く信頼される臣下の一人だ。

睨みつけてくる騎士と同じ牢内に居ながら、涼しい顔でそれを無視するのだから、医者にしておくには勿体ないくらいに腹の座った御仁である。

脂汗を浮かべ横たわる男の青い顔を一瞥し、淡々とルシウスは告げた。

「簡単に死なせる訳にはいかない。彼らには相応の罰を受けてもらわねば」

「ふむ、承知しました」

アリューシャ公女のため、フメラシュの名誉のためと言い切る彼らに対し、無慈悲に言い捨てたルシウスの顔には何の葛藤も見当たらない。

これほど苦しんでいるのに、罰としてはまだ足りないのか。罰するためだけにその命を繋ぐその虚しさに、医師は暗澹たる気持ちをその顔に滲ませる。

見咎めるでなく、公子は医者に向かい冷たい声音を牢内に響かせた。

「オルフェルノはこの国の法に照らし合わせてと処断をと言った。ならば死罪が妥当」

「でしたら助ける必要はありますまい」

「今の今までは、そのつもりでいた。この愚か者の聞くに耐えない暴言を耳にするまでは、な」

「……」

見下すものへの遠慮も呵責もない罵倒の言葉。身分の違いだけで、これほどに人は人を貶めることが出来るのか。

流れるように放たれる言葉の暴力に、ルシウスは鳩尾のあたりが焼け付くように疼いた。それは何も彼だけではない。その不快感は、此処にいる罪人以外の全員が感じているものだ。

「愛する者を此処まで貶められ、傷つけられようとした将軍の怒りは如何許りのものだったのだろうな。…彼の心情、察するに余りある」

冬狼将軍の冷徹で氷柱のように鋭利な怒りを思いだし、それを向けられた元騎士たちは思わず怯えたように肩を揺らした。

それをちらりと見て、無表情のままルシウスはゆっくりと腕を組む。

今此処に捕らえられているのは、良家の次男、三男ばかり。騎士といっても牢屋などに縁もなければ、硬い床で寝たこともなかっただろう。

これが不当な扱いだと信じ、公女のためと崇高なる行為への賞賛を求める男達に反省がないのは、先ほどの演説を聞けば馬鹿でもわかる。

彼らは自らの行いを顧みることもなく、両親からの助けを待っている。当然のように、今までその家名に助けられてきたのだ。今回もそうだと信じて疑うこともない。

事実、確かに彼らの助命を乞う嘆願書ならばルシウスの元に届いていた。

全て暖炉の火に焼べてきたから、今頃はすべて燃え滓になっているはずだが。


「殿下、どうされるおつもりですか」

ふつふつとした怒りを表に出さないルシウスに、マティアスがそっと口を出した。

この若き後継者は、父に似て堅実な手を打つ性格である。予定外のことを行うことは非常に希だ。

暗闇に沈んだ鼈甲色の瞳に映り込んだ松明の明かりがちらちらと揺れる。優しげで表情の多彩なクラウスに比べ、表情の乏しい硬質な面で彼は言った。

「このまま死罪しても、殉教者気取りのお前たちには罰になるまい。貴族としての特権を剥奪し、罪人として流刑地に流す。お前たちの知るヒエラルキーを覆す世界で、生きてみせるがいい。家族に助けを求めても無駄だ、助命を乞うのであれば一家郎党すべて同じように断罪すると伝えてある」

奴隷よりも厳しい環境で、強制労働に明け暮れる流刑地。凶悪な罪人のみが送られるその場所から出るためには死ぬしかない。死刑よりも不名誉なその処罰に貴族が落とされるのは前代未聞のことである。

それが、冗談でも脅しでもないことは、ルシウスの性格からして明らかだった。

囚われながらも、まだ陶酔の境地にいた男たちは、一気に青褪め、息の仕方も忘れたかのように喘いだ。

「どう自分たちを正当化しようが、実際のお前たちは罪のない非力な女性を集団で襲った卑怯者。他国の王城内で剣を抜いた行為がどれほどの問題かも理解しないフメラシュの面汚しだ。その上で相手国を詰る愚行。騎士と名乗る資格はない、他の騎士にも失礼だろう。アリューシャのためと、酔いたければ酔え。そして、その罪、甘んじて受けるがいい」

表情を無くした彼らに憐憫など欠片も見せず、酔い続けられるものなら、酔ってみせよとルシウスは皮肉げに嗤った。


踵を返したその背中に、絶叫と、減刑を乞う悲鳴が後を追う。男たちの取り縋った鉄格子がガシャリとひずんで、音を立てた。

だが、それをすげなく振り切り、振り返ることもなく、ルシウスはその場を去っていった。










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