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空の黒騎士  作者: 楽機
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【4.ノウトラルシュタットへ】

【4.ノウトラルシュタットへ】


飛行地図でノウトラルシュタットへの飛行経路を確認後、話し合いの結果ブロイ兄弟の機体の燃料をエデルたちの機体に移し、エデルたちのみでニードリッヒを会議場まで送り届けることになった。

 「でも二機で飛んだ方がいいんじゃないか? そっちの方が安全なんじゃ」

 エデルが反論するが、ブロイ兄は頑として聞かない。

 「昨日の戦闘で結構燃料を消費したからな。余裕持って飛んだ方がいいだろ」

ブロイ兄が煙草を吹かしながら言う。ポッセもまた胸ポケットから煙草を取り出した。

 「お前らはどうするんだ? ここに残るわけにもいかないだろ」

 二人分の紫煙がもくもくと立ちこめる。

 「帝国に向かって飛ぶさ。それぐらいなら燃料ももつ」

 何ともないように言うブロイ兄だが、エデルは心配でならない。やつらと接触する可能性があるからだ。

 「大丈夫だよ、むしろ単独飛行の方が発見されにくい。それにこっちの方が速いんだ、心配ないさ。問題なく逃げ切れる」

 不安は尽きないが、これがエデルたち四人の考えうる最良の手だった。燃料を移し終わり、エデルとポッセ、ニードリッヒはコックピットへ向かう。ニードリッヒにはブロイ弟の飛行服と服を交換してもらうことにした。ニードリッヒの着る純白のドレスはあまりにも目立ちすぎる。任務遂行を第一に考えた結果、四人はこの決断に至ったのだった。初めは戸惑っていたニードリッヒを何とか説得し、着替えてもらう。着替え終わった二人は意外と似合っていて、ブロイ弟のドレス姿をポッセが茶化していた。

 機体の外回り及び計器類を確認し、エデルとポッセはコックピットに乗り込む。ブロイ兄に支えてもらいながら翼へとよじ登り自分もコックピットに入ろうとするニードリッヒであったが、

「あの、私はどこに乗ればよろしいのでしょうか?」

 二人乗りの機体に三人が乗るには、後部座席の足元にある荷物を入れる収納スペースに縮こまって入るかもしくは、

「あぁ、申し訳ありませんがポッセの上に座ってください」

 ドレスと飛行服を交換したもう一つの理由がこれで、後部座席にドレスのようなかさばるものを着た状態で二人も乗ると、邪魔で仕方がないからだ。

そして膝の上にニードリッヒを乗せたまま操縦桿を操るなどさすがのエデルにも無理な話である。

年頃の女の子には申し訳ないが、野郎の膝の上に乗ってもらうしかない。

 もじもじと恥ずかしがるニードリッヒだが「誰もお子様が自分の膝の上に乗ったって何とも思いやしないって」というポッセの失礼極まりない言葉に少し怒った様子で、しぶしぶ彼の膝の上に乗る。

 「うほっ、柔らけぇ」

 「おい、この馬鹿!」

 ポッセの頭をエデルは拳骨で殴る。

 「冗談だよ、冗談」

 ニヤニヤと笑うその顔を見てエデルは呆れるのであった。

 「準備はいいか、お三方」

 一部始終を見ていたブロイ兄が頃合いを見計らって言う。

 「あぁ大丈夫だ、回してくれ」

 ブロイ兄弟が二人係で手早く慣性起動機を回す。やがて慣性起動機とエンジン軸が直結され、徐々にプロペラの回転数は最高値に近づいていく。クランクハンドルと車輪止めを機体側面からカーゴに入れると兄弟はコックピットのすぐ横にやって来た。

 「無事に、皇女様を送り届けてこい。帰ったら、一杯やろう」

 「あぁ。その時はビールぐらい奢るよ」

 「じゃあな」

 機体を拳で軽く叩き、ブロイ兄弟もまた自分たちの機体へと向かう。

 コックピットを閉め、アクセルを踏むと徐々に機体は地面を滑走し始める。整備されていない地面だが、出発前にある程度大きな石は横に退けておいたため、予想よりも揺れることなく離陸することができた。ブロイ兄弟が手を振って見送る中、まだ暗い空を真っ黒な機体が飛んでいく。


***


 講和会議は午前10:00から始まる。現在時刻は7:00。残り二時間半弱で会議場近くの空港に到着する予定なので、かなりぎりぎりだが概ね順調であった。

空もだいぶ明るくなってきて、空の上からだと朝焼けが綺麗に見える。最初はぎこちなかく座っていたニードリッヒだが、今ではポッセの邪魔にならない程度に一緒に周囲を警戒してくれていた。本人曰く「私、これでも視力はいい方なんです」とのことだ。

今は発見されるのを防ぐため低空を飛行している。ノウトラルシュタット領空まで残り一時間というところで、ニードリッヒが口を開いた。

 「お二人は、なぜ飛行機乗りになられたのですか?」

 その質問に二人は即答する。

 「「飯が食えるから」」

 二人して同じ答えで、エデルとポッセは笑った。

 「俺たちはスラム育ちだからさ、毎日食うのも一苦労だったもんさ」

 エデルが頷く。

「それで運よく適性検査に合格して、飛行機乗りになって」

 「飯に不自由はなくなったが、今度は隊のなかでスクラブだからって馬鹿にされ」

 「それが悔しくて、がむしゃらになって訓練に励んでたよね」

 今度はポッセが相槌を打つ。

 「そしたらいつの間にか、最も危険な実験飛行隊に配属されてしまい」

 「こうして光栄にも皇女様の護衛についてる」

 二人がどこか懐かしげに話すのを、ニードリッヒは少し申し訳なさそうに俯く。自分が生きてきた世界とは真逆の世界。そんな厳しい世界で強く生きてきた二人を、彼女はなんだか羨ましく思った。

 「私、今までスクラブの方たちは…… お二人には申し訳ないのですが、卑しい人たちだと教わってここまで育ってきましたし、そういうものなのだと思っていました。実際、最初ポッセさんの態度はまさに、私が聞いていた“スクラブ”そのものでしたし……」

 ポッセは笑いながら「違えねぇ」と言い、その一言にエデルも笑う。しかし、ニードリッヒは真剣なまま話し続ける。

 「でも、今回のことを通して自分の中の世界が大きく変わったような気がします。私は所詮、自分の身の回りの小さな世界しか知らない“お子様”に過ぎなかったのです」

 二人は微笑んだままその話を聞いていた。彼らもまた真剣に、ニードリッヒの言葉に耳を傾けている。

 「きっと、皇女様は良い君主になられますよ」

 お世辞ではない。心から思う通りの言葉をエデルは発した。

 「お二人には、感謝しています。もちろん、ブロイさんたちにも」

 「まだ礼を言うには早いぜ、皇女様。そういうのは無事着いてからだ」

 ポッセの言葉にニードリッヒは頷き、再び周囲を警戒するのを手伝う。それから三十分程度経ったぐらいだろうか。前方上空に六機の機影が現れた。

 「どこの機体だ?」

 「……どうやら、連中のお出ましみたいだよ」

 編隊を組み、六機はエデルたちに向かって突っ込んでくる。その機体のどれにも、国籍表示は見当たらない。

 「なんでだ!? 出発した時間からして先回りされるなんてありえないだろ!!」

 ポッセが声を荒げる。帝国側から奴らがやって来たのであれば、機体の速度が何倍も速くないかぎり、エデルたちに追いつけるはずがないのだ。

 「たぶん、昨日の連中とは別の部隊だ。初めからここらに待機していたとしか考えられない」

 エデルはアクセルを思いきり踏み込み、高度を上げる。そうでもなければ先回りするなど物理的に不可能だ。きっと戦争中に作られた簡易滑走路を利用しているのではないかと、エデルは予想する。

 雲一つない青空に、七機分の飛行機雲が入り乱れる。次から次へとやって来る敵機に、今自分がどこを飛んでいるのかも分からない。

 「くっそ、どこからやって来んのか分からねぇ」

 右へ左へ機銃を忙しく打ちながらポッセが言う。二人とも操縦と敵への牽制射撃に手一杯で、とても周りを見る余裕がない。

その時、ニードリッヒが叫んだ。

 「後方右下から二機、左上から一機来ます!」

 それを聞き、エデルは機体を飛行方向右側に機体を旋回させる。ポッセは後方右側に照準を合わせ、現れた敵機に機銃を浴びせた。敵機コックピットに被弾し、敵のフロントガラスが赤く染まる。そのまま機体は失速し、地面へと落ちていった。

 「いいぞ皇女様。方向を時計の短針で表してくれ。そっちの方が分かりやすい!」

 「はい!」

 ニードリッヒは腕時計と空を交互に見やりながら、懸命に敵の位置を伝え続ける。

 空には機銃が飛び交い、戦闘機が舞う。機銃の軌跡は子供の落書きのように規則なく交わる。

 「下八時方向と五時方向一機づつ、六時方向から二機!」

 「了解!」

 ニードリッヒの索敵を元に、エデルは機体を操縦しポッセは機銃で敵を牽制する。それまでなかなか前に飛べなかったのが一転、効率よく敵を避けながらノウトラルシュタットへ着実に近づいていた。

 「皇女様あんた、いい飛行機乗りになれるぜ」

 ポッセの冗談に、ニードリッヒは嬉しそうに笑う。

 「お師匠様が立派なのですから、当然です!」

それを聞いていたエデルも、思わずほころんでしまった。

――この皇女様、大した人だよ本当に。

激しい戦闘であるにも関わらず、冗談を言えるほど肝が据わっている。エデルはこの小さな君主に惚れ込んでしまった。それはきっと、ポッセも同じであろう。ポッセが意気揚々と、声を張り上げる。

 「エデル! 敵は俺と皇女様に任せて、お前は前に飛ぶことだけに集中しろ!」

 「分かった!」

 エデルは燃料計を確認する。今までの飛行でそれなりに消費はしたが、まだ余裕はあった。

 「二人とも、最大速で敵を振り切る。しっかりつかまっててくれ!」

 エデルは燃焼バルブを最大まで解放し、さらにプロペラの回転数を上げるためアクセルを最大まで押し込む。機体は徐々に速度を増し、安全飛行速度の限界まで近づいた。次第に機体の振動は大きくなり、体にかかるGもその大きさを増していく。歯を食いしばりGに耐えながらも、ニードリッヒは周囲の警戒を怠ることなく敵機の情報をエデルとポッセに伝え続けた。

 しかし、それにも拘らず敵はしつこくエデルたちに付きまとう。

 「くそ、迎撃機か」

 エデルが珍しく悪態を吐く。迎撃機は航続距離は短いが、高速で飛行することが得意な機種だ。つまり、ここで何としてでもエデルたちを仕留めたいということなのだろう。

 だが逆に考えれば、相手の燃料が切れればこちらの勝ちである。

 激しい格闘戦を繰り広げてつつ、ノウトラルシュタットへ向けて飛んでどれぐらいたったであろうか。再び前方に、今度は十二機もの機影が現れた。

 「おいおい、まだ来んのかよ……」

 三人が敵の増援を覚悟したその時、オープンチャンネルで無線が入る。

 『こちらノウトラルシュタット空軍、第四飛行中隊である。速やかに戦闘を中止し、国籍と所属部隊を明らかにされたし』

 三人の顔に安堵の色が浮かぶ。通信を聞いた敵機はそれ以上エデルたちを追うことなく、空域から離脱していった。エデルは機体の速度を巡航速度に落とす。

 「こちら帝国空軍、実験飛行隊のエデル特等空曹。講和会議に主席される、ニードリッヒ皇女護衛の任に就いている。会議場近くの空港への誘導を乞う」

 無線の向こう側からは戸惑いの声が聞こえる。エデルは、無線のヘッドセットをニードリッヒに渡す。その意をくみ取ったようで、ニードリッヒは口にマイク近づけた。

 「こちら、ニードリッヒ・ヴェルヘルムです。会議場まで急がねばなりません。どうか、そこを通してください」

 しばしの沈黙の後、再びノウトラルシュタット側からの通信が入る。

 『会議場近くの滑走路まで誘導します。我々の後に続いてください』

 こうして無事、三人はノウトラルシュタットへと辿りついた。


***


 滑走路に降り立つと、周りを憲兵隊に囲まれ奥から上等なスーツに身を包んだ男性が歩いてきた。

 「憲兵隊、銃を下げろ! 本物のニードリッヒ皇女だ」

 憲兵隊は急いで銃を下ろし、即座に捧げ銃の姿勢をとった。

 「お久しぶりです、大統領」

 ニードリッヒが飛行帽を取り、ノウトラルシュタット大統領の前へと足を進める。エデルとポッセはその後ろで、手持無沙汰に突っ立っていた。

 「皇女様が共和国軍の戦闘機に襲われたなど、色々情報が錯綜しておりまして一同大混乱です。帝国側が停戦破棄も止む無しと打診してきたり、色々と取り持つのが大変でした。夜が明けて、我々も捜索隊を出してはいたのですが。いやはや、何はともあれ無事で何より」

 大統領はニードリッヒに微笑みかける。本当に心配をしていたようであった。

 「えぇ。それもこれも彼らのおかげです」

 そう言うと、ニードリッヒはエデルと紹介する。二人は敬礼でそれに答えた。いつもと違う雰囲気に少し照れくさくなる。

 「ほう。彼らが貴女をここまで送り届けた騎士たちですか」

 「はい。帝国自慢の騎士ですわ」

 にっこりとほほ笑むニードリッヒ。今まで生きてきてこれほどまでに褒められたことのないエデルとポッセは、なんだか体中がむず痒くなった。

「それでは二人には、我が国自慢のホテルでゆっくりとくつろいでもらうとしましょう。手配はこちらでしておきます」

「そのご厚意に深く感謝いたします」

「礼には及びません。それよりも、早く皆を安心させないと。さぁ、会議場へ向かいましょう。車を待たせています。それと、その服も着替えないと」

「そうですね。あ、少しお待ちいただけますか?」

 そう言うとニードリッヒはエデルとポッセの元へやって来る。その眼には出会った時のような不安の色はない。

 「本当に、お二人とブロイさんたちにはなんとお礼を申し上げればいいのやら」

 「俺らは俺らの仕事をしたまでよ。こっからは皇女様の仕事だぜ。この戦争を、終わらせてくれ」

 ポッセがいつもとは違い、真剣な顔つきで言う。その眼は少し寂しげだった。

 「そうですよ、皇女様。僕らの頑張り分の仕事をしてきてください。さぁ、大統領が待ってますよ」

 エデルはニードリッヒを待ちこちらを窺っている大統領の方を親指で指す。

 ニードリッヒはしっかりと頷くとそのまま大統領と共に車に乗り、会議場へと去って行った。

 滑走路には二人だけが取り残される。

 「やっと終わったな」

 ポッセがニードリッヒが乗った車の消えていった方を見ながら言う。

 「うん。とりあえず、シャワーを浴びたいな」

 「俺は早く寝たい」

 「……皇女様、いい子だったね」

 「……あぁ。貴族のくせにな」

 「また、会えるといいね」

 「奇跡が起これば、また会えるかもな」

 二人はハンガーの方へと歩き出す。もう二人はニードリッヒと会うことはないだろう。二人と彼女では、あまりにも身分が違いすぎる。この時彼らはそう思っていた。しかし、その“奇跡”の再会は後に訪れることになる。




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