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空の黒騎士  作者: 楽機
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【3.願い】

【3.願い】


太陽は地平線の彼方へと沈み、やがて夜が訪れた。二番機も残りの燃料の都合もあり、降りてきた。今は男四人、携帯用の小型コンロでささやかな暖をとっている。

どうやらニードリッヒは気を失っているようで、今は戦闘機に積んであった毛布をかけられ、一番機の後部座席に寝かせられていた。

生き残りはニードリッヒだけで、宰相のボルマンが彼女を庇うかのようにして死んでいたことから、ポッセが「ご立派な忠誠心でこって」といつもの調子で言ってエデルにたしなめられる。

いくら自分たちを差別する側の人間だからといっても、その人の行った善行まで否定される謂れはないはずだ。

輸送機内の確認後エデルとポッセ、そして二番機のパイロット、ブロイ兄弟は非常食の乾パンで味気ない夕食を済ませ、小型コンロで湯を沸かしコーヒーを飲んでいる。

コーヒーをすすりながら、ポッセが今後の事について話し始めた。

「とりあえず朝を待って、それから帝国に帰ろうぜ。こっちには皇女様がいるんだ、それで問題はないだろ?」

「だが、またあいつらが襲ってきたらどうする? エデルがいるとはいえ、二機じゃとてもじゃないが逃げ切れないぞ。あいつらかなりの腕だし、機体も改造がされてるみたいだ。このままここで捜索隊が来るのを待った方がいいんじゃないか? どうせ死亡確認のために部隊が派遣されてくるはずだ」

ブロイ兄がそう言うと、それについてエデルが反論する。

「きっと、それは敵も同じだと思う。夜が明ければ安否確認にやって来るよ。今日はゆっくり休んで、夜が明ける前に出発しよう。幸い僕らの機体は黒色だし、闇に紛れて飛べば朝になる頃には基地にたどり着くはずだよ」

その後も色々と議論がなされた結果、夜が明ける一時間前にここを離れるという結論に至った。今は各自コーヒーを飲んだり、煙草を吹かしたりしてくつろいでいる。

「でもさー、あいつら何だったんだろうね。やっぱり共和国軍だったのかな?」

ふと、ブロイ弟が疑問を口にする。

「もしそうなら、なんで国籍表示が無かったんだ? 明確に敵対する意思があったのなら、わざわざ国籍表示を消す意味なんてないはずだろ」

「ひょっとしたら共和国の血の気の盛んな奴らが、勝手にやったのかもしれんな。それで、自分たちがやったことがばれない様に消しておいたんじゃないか?」

「だったら目撃者を残そうとはしないと思う。僕らを全員始末することだってできたはずなのに、そうすることなく引いて行ったんだよ?」

ポッセ、ブロイ兄、エデルの三人が主となって議論を交わしたが、あまり長時間火を点けておくのはよろしくないため、早々と寝ることになった。一人ずつ交代で周囲を見張り、予定の時間になったら帝国へ戻る。そういうはずであった。


***


ポッセと見張りを変わって眠りについたエデルは、背後からする物音で目を覚ます。

後ろを振り返ると、ニードリッヒが頭を抱えていた。どうやらコックピットのハッチで頭を打った様子である。

「……皇女様、目を覚まされましたか」

エデルがそう言うと、ニードリッヒは驚いたようで勢いよくエデルの方を向く。その眼困惑の色が窺えた。まじまじとエデルを観察し、飛行服の肩に縫い付けられた帝国旗のワッペンを見て少なくとも味方であると判断したようだ。安堵の表情を見せる。

エデルはとりあえず今自分たちが置かれている状況を丁寧に説明し、後数時間後には出発する予定である旨を伝える。

ニードリッヒはエデルの話をすべて聞き終わると、おずおずとしかし真剣な面持ちで話し始めた。

「あの、私をノウトラルシュタットまで送っていただけませんか? 戦争を終わらせるために」

ただならぬ雰囲気を感じ取ったエデルは、ひとまず全員を交えて詳しい事情を聞くために機体から降りることを提案した。



「今回の襲撃は、おそらく帝国軍内の強硬派が企んだことだと思います。私と宰相のボルマンが居なくなれば、強硬派を抑えられる人間はいません。それに私が仮に生きていたとしても、私が会議に出席さえしなければ、共和国の陰謀として停戦破棄を強行できる。そうなれば私にも戦争を止めることはできません。だから、この戦争を終わらせるためには何としても私が今日行われる講和会議に出席しなければならないのです」

まだ日も昇っていない時間のため、辺りには冷気が漂っている。皇女の話を静かに聞いていた三人は、話を聞き終えて深いため息を吐く。白い息が勢いよく四人の口から出た。内心、大変なことに巻き込まれてしまったと全員が思うのであった。

「しかし皇女様。帝国の強硬派が行ったという確信はあるのですか? 今の状態では、あまりに不確定要素が多すぎる」

エデルは何とかこれがニードリッヒの思い違いであって欲しいと願う。しかし、彼女の言う通りだとするとあの正体不明機の不可解な部分にも説明が付く。

「まず、彼らの国籍表示が無かったのはあくまで“共和国軍であろう”と曖昧にするためでしょう」

「あえて曖昧にすることによって、共和国の仕業でないかという信憑性が出てきます。人は分かりやすすぎる事実に対して、疑いの目を以てその事実を受け止めますから」

ニードリッヒはここまで一息で言い終わると、四人を見渡した。四人が何も言わないことを確認すると大きく深呼吸し、再び続ける。

「しかし少しの違和感を与えてやることで、その違和感を自分の中で解消した時それを真実だと思い込んでしまう」

「そして目撃者をわざと生かすことによって、この出来事を伝聞することが可能となるのです」

「これで帝国臣民は“共和国が皇女暗殺を企てた”としてこの出来事を受け取るのです」

一見弱々しい彼女だが、その饒舌さに四人は舌を巻く。自分たちよりも幼い少女が、ここまで考えているなどとは思っていなかった。

「……この無益な戦争をやめさせなければなりません。これ以上、施政者の都合で国民に血を流させてはいけないのです。それに……」

それまでの勢いは急に萎み、ニードリッヒは俯いてしまう。

「……それに、私は、ボルマンの仇を取りたい。強硬派の好きにはさせたくないんです」

涙ぐんだ少女の声に、四人は黙り込んでしまう。どうしたものかと顔を見合わせる三人を他所に、最初に口を開いたのはポッセだった。

「やろうぜ、みんな」

ポッセを除く、四人の視線が彼に集まる。

「俺は正直、『国民にこれ以上血を流して欲しくない』とかいう理由なら色々理由付けて帝国に帰るつもりだった。そんな綺麗事に命なんて張りたくないからな」

彼女は戦争の本質を知らない。これは戦場に立ち、戦った人間にしか理解はできない。そんな彼女から『国民にこれ以上血を流して欲しくない』という言葉が出てきても、僕ら兵士には何も響きやしない。

それに加えて、ポッセはその“国民”に自分たちが入ってはいないと、感じたのであろう。彼女はそう意識していないだろうが、結局戦争が終わろうと終わるまいと、自分たちスクラブの待遇は変わらないはずだ。

「でもあんたは宰相の仇を取りたいと言った。たぶん、あんたのことを良くしてくれてたんだろ? そいつのために、あんたは皇女という身分にもかかわらず私情を口に出したんだ。こんなスラム育ちの薄汚い野郎どもに」

ポッセがニヤリと笑う。普段から公人として生きる彼女にとって、宰相のボルマンは数少ない本音を漏らすことができる人間だったはずだ。そして、そいつの仇を取りたいと、彼女は本音を言ってくれた。

「こんな素敵な御嬢さんの心意気を、無下にするなんて男が廃るだろ紳士諸君(やろうども)

思わず、エデルは口の端を釣り上げてしまう。横を見ると、ブロイ兄弟もまたニヤリと笑っていた。

「偶にはいいこと言うんだね。馬鹿の癖に」

腰を上げ、エデルはポッセの方を見る。

「見張り明けの勢いだよ。普段ならこんな恥ずかしい事言えるかよ」

いつもの調子で軽口をたたく相棒に、エデルは拳を突き出す。

「後四時間、よろしく頼んだ」

ポッセもまた、拳を突き出す。ブロイ兄弟もそれに習った。

四人は拳と拳を突き合わせ、自分たちの機体へと足を進める。

ノウトラルシュタットへ向かうために。


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