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空の黒騎士  作者: 楽機
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【2.遭遇】

【2.遭遇】


皇女一行は帝国領空を出た後、停戦に際して帝国と共和国との間に設けられた緩衝地帯を通り、ノウトラルシュタットまで向かう手筈となっていた。天候は曇りで、飛行に最適だとはお世辞にも言えない。ねずみ色の雲の天井が彼方遠くまで続いている。実験飛行隊計六機は、それぞれ二機づつのペアを組み、皇女の乗る輸送機とその護衛機十機の前方、後方、下方に陣取り周囲警戒を行っていた。

エデルとポッセの搭乗する黒一番機と、黒二番機のペアは皇女一行の下を飛んでいる。一応緊急時以外の無線の使用は禁止されているため、僚機と話すわけにもいかない。下は茶色の荒野。上は淀んだ空。景色を楽しもうにもいかず、二人はずっと話し込んでいた。

「あぁケツが痛てぇ。後どのぐらいで着くんだ?」

「後四時間ぐらい。ていうかまだ離陸して一時間も経ってないぞ。先が思いやられる」

「あー、くそったれ。どうせ皇女様はふかふかのシートで優雅にくつろいでんだろうなー」

 飛行機の中じゃくつろげないだろ、といつもの小言を適当にあしらいつつ、エデルは前方上空に見える輸送機を見る。青い塗装が施された護衛機十機が、輸送機を囲むようにして飛んでいた。

「おい、なんだあれ?」

ポッセの方を振り向いたエデルは、ポッセの指差す方向に地面と同じ茶色の戦闘機が低空で飛んでいるのを発見する。型は共和国の戦闘機だ。その数六機。だが、

「国籍表示なし?」

通常軍用機には国籍を示すためのマークが機体側面や翼の両側に描かれている。しかし、その六機にはそれが確認できない。所属不明機はぐんぐんスピードを上げ、エデルたちに迫ってきた。

「こちら帝国空軍である。所属不明機につぐ。そちらの所属を速やかに明らかにされたし」

無線機をオープンチャンネルに合わせ呼びかけるエデルであったが、所属不明機からの返答は無くそのまま真っ直ぐに近づいてくる。

「くそっ、七時方向に敵機! 下から来るぞ!」

声を張り上げるのと同時に、アクセルを踏み込みエデルは機体を九時方向に傾け、急降下する。しかし所属不明機はエデル達の機体には目もくれず、輸送機に向かって一直線に進んでいく。

「おいおい、あいつら完全に皇女様狙いかよ」

「みたいだな。とばすぞ、二番機ついて来い!」

 エデルが操縦桿をめいっぱい引くと、機体は上昇を始める。二番機も一番機の後を追う。

所属不明機の発見が遅れたことや、鈍足な輸送機を守らなければならないこともあり、正規軍は戸惑っているようだった。

編隊を組み急上昇してきた敵機は、次々に護衛機の腹に機銃を打ち込んでいく。機銃によって穴の開いた場所からはどす黒い煙が漏れ、火を噴いて爆散する。完全に正規軍はパニックに陥っていた。

所属不明機は正規軍機を四機撃墜すると、そのまま上昇。高度をとって編隊を崩すことなく機体を反転させ、今度は急降下してきた。そしてまた、今度は正規軍機三機を打ち落とす。ここまでのことをやってのけるのは並みの飛行機乗りにはできない。

――なら、我慢比べといこうじゃないか。

正規軍の機体を撃破しそのままエデルへ向けて急降下してくる敵編隊に、エデルは正面から突っ込んでいく。両者の間隔が詰まっていくなか、先手を打ってきたのは敵の方だった。

敵機鉛玉の雨が降り注ぐ。その瞬間、エデルは燃焼ガスのバルブを一気に開いた。ジェット噴流により、タービンが高速回転する音が機内に鳴り響く。

機体を最大にまで加速させ、エデルは敵戦闘機の機銃掃射を避けるために、円を描くようにして敵機銃の射線外に外れる。敵の機銃掃射が終わるのとほぼ同時のタイミングで、エデルの機体は元の軌道に戻っていた。その間にも距離は着々と縮まっていく。すぐにでも回避行動をとらなければ接触してしまうほどに。もう敵には、今一度エデルに機銃を撃ち込むほどの時間は残されていない。

その時、先に根負けしたのは敵の方だった。機首を上げ、回避行動に入ろうとする。エデルは燃焼ガスのバルブを最少の位置まで閉め、それと同時に九十度機体の向きを変える。横目には茶色の水平線がどこまでも続いているかのように見えた。そこから敵の後ろに回り込むようにして機体を右旋回させる。一気に減速を始める機体に、巨大な慣性が働く。上目で敵機の後ろ姿が確認できる位置に来た時、エデルは一気にエアブレーキのレバーを引き機体を反転させ、瞬時に敵編隊の後ろを取る。この一連の動作をエデルはほんの数十秒でやってのけた。

しかし、それを感じ取った敵は編隊を崩し、散開する。だが、散開しきるその前に、エデルの機銃が敵の一機を捉えた。穴ぼこになった機体は肩翼が折れ、くるくると木の葉のように舞いながら落ちていく。

「相変わらず操縦が“ご丁寧”なこって!」

ポッセが厭味ったらしく言う。

「二番機は?」

「お前がサーカスの曲芸よろしく、アクロバットキメてる間に早々と根負けしたよ」

「そうか。……舌噛むから口は閉じてて。ちょっとだけ操縦が“荒く”なるよ」

エデルは再び機体を加速させる。敵の一機に狙いを定め追うが、中々照準を合わせることができずにいる。辺りは敵味方が入り乱れ、とてもじゃないが輸送機を気に配る余裕などない。輸送機もなんとか離脱しようと試みているようだったが、敵はわざと輸送機の周りを飛び回る。そのため輸送機は逃げることも、同士討ちを恐れて装備されている銃座で攻撃することもままならない。無線からは味方の断末魔や悲鳴が聞こえてくる。気づいた時には、正規軍と実験飛行隊合わせて三機しか残っていなかった。敵は依然として四機残っており、そのうちの一機が輸送機へと襲い掛かる。

輸送機の銃座が応戦するが、敵戦闘機の機動性の前に翻弄されついに被弾する。

「おい、輸送機が危ねぇ!」

「わかってるよ!」

エデルは敵の中でも手練れの二機に追い回されてそれどころではない。視界の端に火の手をあげる輸送機が映った。

『あぁ、落ちていく……』

無線からおそらく正規軍のパイロットであろう声が虚しく聞こえた。輸送機の高度はどんどん下がっていき、地面に墜落してしまう。大量の土煙を上げながら腹で地面を擦り、終いには機体が傾いたせいで翼が地面と接触。それによって生じたモーメントで翼は折れ、横転してようやく止まった。

それを見届けた敵機は速やかに編隊を組み直し遥か彼方へと飛び去り、正規軍機一機と実験飛行隊のエデルとポッセの乗る黒一番機と、僚機の黒二番機だけが残される。

「どうするんですかい、正規軍の旦那」

ポッセがそう言うと、数秒の沈黙の後ぼそぼそと正規軍のパイロットが話し始めた。

『なぜ、こんなことに…… わ、私は悪くないぞ』

 無線から伝わってくる声音から、正規軍のパイロットは明らかに冷静さを欠いていることが分かる。

「あぁ、あんたは別に悪くないだろうよ。で、どうすんだよ。俺ら実験飛行隊に現場の決定権はないんだ。正規軍のあんたに決めてもらわないと」

ポッセは相手が動揺していることを気に掛けることなく、無遠慮に言う。

『そうだ、私は悪くない。お前たちが悪いんだ!』

その言葉に、エデルは目を丸くする。背中の方とヘッドセットからも「はぁ?」という言葉が聞こえた。

『お前たちがしっかりと見張っていなかったからこんなことになったんだ! この薄汚いスクラブどもめ。このことは本部に報告するからな。覚悟してろ! 絞首台送りにしてやる!』

そう狂ったように喚き散らしながら、正規軍機は急旋回し帝国本土の方に飛び去ってしまった。

『……で、これからどうすんだよ隊長殿?』

生き残りの二番機から通信が入る。頭をあーでもない、こーでもないと言った風に首を傾げながら熟考すること数十秒。ポッセは何でもないかのように言った。

「なぁ、下に降りてみないか?」

「はぁ? なんでだよ! 第一、こんなところに着陸なんて無理だろ!」

「もしかしたら、誰か生き残ってるかもしれないだろ? 見た感じ火は出てないみたいだし。それに生きてたやつがお偉いさんだったら、あの腐れポンチの戯言を撤回してもらえるかもしれない。どうせこのままノコノコ帰ったって死ぬか豚小屋行きなんだ。試したっていいんじゃないか?」

しばしの沈黙の後。口を開いたのは二番機だった。

『やってみる価値はあると思うぜ。大丈夫、お前ならできるよエデル』

「いやいや、無理だってこんなの!」

「お前の腕なら大丈夫だって、相棒。どっかの国の空軍大佐が、戦場のど真ん中に着陸して、離陸まで成功したって話があるじゃんか」

「いや確かにあることはあるけど、あれは機体が急降下爆撃機で頑丈だったから良かったものの、普通の戦闘機じゃとても――」

数分間燃料を無駄にした挙句、ポッセに言い負かされ結局エデルは着陸することを決心した。

一度大きく旋回したのち、徐々にプロペラ回転数と燃焼ガスの量を落としていく。エデルの心配は杞憂に終わり、難なく着陸に成功した。

コックピットを開け、ポッセは外へと出る。二番機は上空で周囲を警戒し、エデルはいつでも離陸できるようにエンジンをかけたまま待機した。ポッセは車輪の前にストッパーを置くと、そのまま墜落した輸送機の方へと歩いて行く。


数分後、皇女ニードリッヒを抱えたポッセがニヤニヤしながら出てきた。


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