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空の黒騎士  作者: 楽機
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【1.出発】

 これはちょっと昔の話。

 ある少年飛行兵と皇女様の物語。



【1.出発】


 帝国と共和国の間にて行われた戦争は十年にも及び、両国は疲弊しきっていた。そこで共和国の提案により、両国は和平交渉をするため、中立国ノウトラルシュタットにて講和会議を執り行うことになる。

 帝国からは、亡き皇帝の唯一の肉親であるニードリッヒ皇女と、宰相のボルマン大公が会議に出席することになった。

 「ニードリッヒ様、何も心配はいりません。すべて私めにお任せください。貴女様はただ、取り決められたことを承認してくださればよいのです」

 白いローブを羽織り、白い髭を髪のように長く蓄えた老人が言う。その傍らを絹のように美しい金髪を結い、白いドレスに身を包んだ少女が歩いていた。

 会議場に向かう飛行機に乗るため、二人は滑走路を歩いている。滑走路には二人の乗る輸送機の他に、二人を護衛するために帝国空軍の戦闘機がずらりと並んでいた。

 輸送機のタラップの前まで儀礼隊が着剣捧げ銃(ささげつつ)の姿勢で一列に並んでいて、タラップの前では護衛飛行隊の隊員たちが飛行服に身を包み整列していた。

 二人は飛行隊の前で止まり、彼らの方を向き直る。それを合図に、隊員たちは一斉に敬礼をした。

 「皆の物、長かったこの戦争もあと少しで終わりだ。さぁ、ノウトラルシュタットへゆくぞ」

 ボルマンが拳を突き上げる。そして沸き起こる歓声。「帝国万歳」、「皇女様万歳」と。


***


 「『スクラブなんぞが皇女様の御前になど恐れ多い』だと? 別にあんなガキのお目に掛からなくても何とも思わねぇよ、あの禿野郎。なぁ」

 一方、正規軍の護衛飛行隊の戦闘機が並ぶ滑走路とは別の方。ポッセは悪態を付き、相棒に問う。

 そばかすと抜けた前歯がチャームポイントの少年の横を歩く彼の相棒は、短く切った紺色の襟足を触りながらポッセの方を見やる。

 「そう言うなよ。別に皇女様のせいじゃないんだからさ」

 先刻上官から言われたことが気に喰わなかったらしいポッセを、エデルはいつものように宥める。

――僕らスクラブの扱いなんてこんなものだし

 エデルは今までの生きてきた経験から、自分達底辺階級(スクラブ)がまともな扱いをされることなどないことが身に染みているため、何事も諦めていた。そうでなければ、こんな実験飛行隊(ちょうばつぶたい)なんか入れられて危険な任務や実験機のテストパイロットなどやっていられない。しかし、生まれ育ったスラムで一生を過ごすよりは幾分かましなこの境遇を、二人は幸運なことであると思うことにしていた。

 エデルとポッセは自分たちの機体に向かう。この複座型の牽引式プロペラ機には、つい先日帝国空軍に制式採用されたばかりの、ターボプロップエンジンが積まれていた。言うまでもなくエデルたちが試験したもので、機体自体もこのエンジンに合わせて新しく設計された新型だった。機体は実験飛行隊のチームカラーである黒に塗られている。

二人が機体外回りの点検をしていると、そこに整備兵の老人がやって来た。

 「お前さんたちも大変だな、鼻垂れお嬢ちゃんのお守もせんといかんのか」

 軽口をたたく老人に、ポッセも同調する。

 「そうなんだよ、じいちゃん。俺らには役不足だぜ。正規軍のもやし共に任せときゃいいんだよ、こんなの」

 実験飛行隊はその特徴から、スクラブのみで編成されている。それに対して、正規軍は二流・三流貴族を筆頭に構成されていた。そのため無駄に高いプライドと一流貴族に対するコンプレックスから、自分より低い身分の者を酷く見下す気があり、スクラブに関わらず中流階級の人間からも毛嫌いされている。二人の上官がまさにその典型なのであった。

 「まぁ気をつけろよ、二人とも。一応休戦状態と言っても、何が起こるか分からんからな。もしかすると、共和国が不意打ちを仕掛けてくるかもしれんぞ」

 老人が意地の悪い笑みを浮かべる。老人の冗談を、エデルは笑い飛ばした。

 「それはないよ。今ここで帝国を怒らせたって、共和国には何の得にもならないし。そんなことやっても、帝国の士気が上がるだけじゃないか」

 「世の中、分からんもんだぞ。この戦争を続けたい連中が、いるかもしれんしな」

 それだけ言って、老人はひらひらと手を振りながらハンガーの方へと去っていく。エデルとポッセは老人の言ったことを特に気に掛けることなく、機体の点検に戻る。


 二人が外回り及び計器等の点検を終える頃には、正規軍の機体のエンジンがすでに回転し始めていた。

 「よし、俺らも準備するか」

 ポッセは後部銃座に座りながら飛行帽を深くかぶり直し、エデルに言う。

 「あぁ、そうしよう」

 エデルは操縦座席の上に立つと、一度大きく深呼吸。そして大声を張り上げる。

 「前放れ、スイッチオフ、イナーシャ回せ!」

 機体全面に待機していた整備兵二人が、慣性起動機を回す。回転音によって回転数が最大に達したのを確認したのち、再度大声を張る。

 「コンタクト!」

 慣性起動機とエンジン軸が直結され、徐々にプロペラの回転数は上がっていく。

 エデルは飛行隊各機のプロペラの回転数を目視で確認すると、座席に座りパイロット用のヘッドセット無線機を手に取った。

 「こちら黒一番機、管制塔離陸許可を」

 『こちら管制塔、離陸を許可する』

 離陸許可を確認後、エデルは無線の周波数を実験飛行隊のチャンネルに合わせる。

 「こちら黒一番機。各機、速やかに離陸せよ」

 エデルが合図を出すと車輪を固定するストッパーが取られ、整備兵たちが脇に引いていく。コックピットを閉め、更にエンジンの回転数を上げる。機体は滑走路を走り始め、エンジンは最高出力に達し、大空へと飛び立つ。後ろを振り返ると、整備兵たちが手を振っていた。その姿はみるみる小さくなり、やがて見えなくなった。


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