46 決断(2)
「嬉しい、嬉しいよ」
それでも自然に素直な気持ちを口にしていた。
「…………」
一瞬だけレイ君の表情が動いたけど、すぐに澄んだ微笑を浮かべる。
「レイ君はピアニストの夢があって、そこへ向かって頑張ってたから言えなかった」
才能があるからと慢心しないで努力をしてきた。周囲の期待も大きかった。
そしてその期待にそえる実績もあった。高校生になってからもコンクールにはずっと入賞していたのだ。
「だけど心のどこかでレイ君がバンドを続けてくれたら、って思ってた」
私だけでなく誰よりもカズ君が願っていた。でもレイ君の夢を尊重し、バンドへは誘わず一人で行こうと決めたのだ。
「だから驚いたけど……」
カズ君はこの話を聞いてどれほど喜んだだろう。それとも怒ったかな?
どちらも目に浮かぶ。
しかし実際の視界はユラユラと揺れていた。
笑顔は保てたが涙が溢れて仕方がなかったのだ。またレイ君を困らせるだろうけど、どうしても押さえきれなかった。
「バカだなぁ、どっちかにしろよ」
優しい声でレイ君が言う。
「だって嬉しくて……」
手の甲で涙を拭うが、なかなか止まらない。
「嬉しいって言ってくれたのは2人目だ」
「1人目はカズ君ね」
「あぁ」
今朝一番に伝えたそうだ。
「でも始めは怒られた」
「やっぱり」
『ピアニストになって、世界の舞台に立つんだろ?』
『そのために、今まで頑張ってきたじゃないか』
そう諭されたと言う。
「でもこう言ってやった。世界の舞台へは別にピアノじゃなくてもいい」
真剣なまなざし。カズ君にも同じ眼をしていただろう。
「それにカズとならバンドで世界を目指せる、と」
「バンドで世界を?」
「当然そのつもりだ」
私は目を丸くしたがレイ君は大真面目だった。突拍子もない話だけど2人ならやってくれるかもしれない。
「面白そうね。私も一緒に世界を周りたいな」
各地の熱狂的な歓迎を受けて演奏する2人……いやバンドを直接見聴きしたい。
想像するだけで胸が踊る。
途方もない話だけど信じられる力を感じた。
「……来いよ」
「え?」
「ついて来いよ」
本気の声。
「私、楽器出来ないけど」
「それは期待してない」
つい変な事を言ったがレイ君はあっさり流す。
「スタッフとして俺達と一緒に来ればいい。近くで俺たちの音楽を聴いて欲しい」
これからカズ君を支えるにはどうすればいいか、見えた気がする。どうすればそうなれるのか分からないけど、それはこれから勉強しよう。
「うん」
私もためらわず大きく頷きながら答える。カズ君は喜んでくれるだろうか。
そしてまた笑顔と同時に涙が落ちてきた。
「どっちかにしろって」
「だって嬉しくて」
「じゃあ泣くな」
レイ君はそう言うと手を伸ばし、指の背で私の頬に触れた。
「……!」
今度は両手で優しく包み込むように涙を拭う。
レイ君の指先は細く、そして冷たかった。
涙は驚きですぐに止まり、それを確認するとレイ君は手を引っ込めた。




