09 記憶に残る曲
「バンドの新曲は聴けない?」
休憩中に質問した。
「う~ん……」
少し厳しい顔をしてレイ君は首を傾げた。
「いつかまた聴かせてね」
十分に聴かせて貰ったのだから無理をいうのは止めよう。
「そうしてくれ」
「じゃあ、前に聴かせてくれたピアノ曲は?」
「あれか……それなら」
2年前に作った曲を、すぐ思い当たったようだ。
「嬉しい。好きなんだ」
「そ、そう」
何故か焦っているレイ君が取り出した楽譜に、タイトルが見えた。
「DAHLIA? ダリアってお花の? 曲名ついてたんだ」
以前は無名だった気がする。
「…………」
レイ君の動きが一瞬止まったけどすぐに戻る。
「好きなの?」
「ん、そうだな」
「でもどっちかというとレイ君はバラって感じ。咥えてそう」
「どういうイメージだよ」
「えへへ……ダリアも綺麗だけどね」
確かにお家の花壇にはダリアが咲いていたが、曲名にするほど好きとは知らなかった。
レイ君はピアノに向かったけどすぐ弾かずに目を閉じている。
しばらくすると微かな声で呟く。
「……もう届かないけど」
それから目をゆっくり開けて演奏を始めた。
久し振りに聴いた曲は相変わらず素敵だ。しかし進んでいくと少し様子が違ってきた。
元々は繊細なガラス細工のように、温かさと涼やかさを両方感じる曲だった。しかし今は綺麗だけど、ただ冷たく音が響くだけだ。
演奏が終わった後、私は何も言えずにいた。
レイ君も唇をかみ締め下を向いたままだった。
6時を過ぎていたがまだ周りは明るい。それでも私が帰る時にレイ君は送ってくれた。
しかしあの演奏後からまたずっと黙ったままだ。
私の家の近くになってようやく口を開いた。
「コンクールなら落選だ」
そう言って、自虐的に笑った。
「それは……」
「美紀なら分かっただろ。あの演奏が、どうか」
「冷たくて凍えるよう。前とは違う演奏だった」
「もうあの曲を演奏する資格がない、って事」
「どうして? 今日は調子が悪かったんだよ」
「その前の演奏は?」
「……悪くなかった」
あの曲以外、どの曲も素晴らしかった。
丁度その時に家へ着いた。
私はレイ君と向かい合ったが、レイ君は目を合わせてくれない。
「演奏前に言った事と関係ある?」
「そうかもな」
「私にも届かないのかな」
「俺が手に取れないモノを、美紀にはあげられないみたいだ」
そこでやっとレイ君は顔を上げ、寂しげに微笑んだ。
「あの曲は忘れて欲しい」
「それは出来ないよ。やっぱり私はあの曲が好き。私の耳は覚えてるから……例えもう弾いてくれなくても」
「…………」
私はキッパリと答えた。それだけは譲れなかった。
レイ君は一瞬目を大きく見開いたが、すぐに伏せる。
結局それには答えを出さずにレイ君は背を向けた。
「バンドの曲はもうすぐ完成する。聴きに来たらいい」
そう言って歩き出した。
「うん、ありがとう」
レイ君の背中に呼び掛けると、振り返らなかったがレイ君は軽く右手をあげて応えた。
あの曲以外は聴かせてくれるらしい。