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色の無い世界で・5

 次に目を開けたのは翌朝だった。昨日から続いていた眩暈はなんとかおさまったようで、起き上がっても世界が眩まない。


 ふと、隣のベッドをみるとアキラが寝ていた痕跡はあるが、アキラは居ない。どこに行ったんだ? 女子部屋か? 昨日のルイの様子を思い出せば俺も心配になる。ふらふらと隣の部屋に向かうと扉が開け放たれていた。そして、中には、茫然とした様子のアキラが立ちすくんでいた。


「アキラ?」


「……ノゾムか?」


 アキラは振り向かずに答えた。声なのに乾燥しているような絶望の響きを感じて、背筋がぞっとなる。


「アキラ……」


「ルイまで、いなくなった」


「え?」


 確かに、その部屋にはアキラ以外誰もいなかった。ゆっくりと振り向いたアキラの顔が蒼白で、俺は思わず一歩後ずさる。アキラはそれを気にする余裕もないらしく、荒い声で俺を追い詰めてくる。


「一体、どうなってるんだ。どうしてユウやルイが消えなきゃいけないんだよ」


「おい。落ちつけよ」


「落ち着いてられるかよ。何でこうなったと思ってるんだ。皆、お前のせいだろ?」


「俺の?」


 アキラは俺の胸倉をつかむと、鼻先がぶつかるほど近くに顔を寄せた。目が血走っている。アキラも正気じゃない。


「その眼の色が知りたい、なんていうからだ! 瞳の色が分からなくたって、平和に暮らしていけるじゃないか。それを、わざわざ興味本位に探り出したから、魔女が怒ったんだ。なんで、ユウとルイなんだよ。一番行きたかったのはお前だ。……お前が消されればよかったんだよ!!」


 いつもの冷静さを失ったアキラに、俺は恐怖さえ感じていた。アキラの吐くつばが顔に当たる。怒鳴り続けるアキラを見てられずに瞬きをした。その瞬間――――


 掴まれていた服が弛み、目の前にベッドと窓がある光景が広がった。視界を塞ぐ勢いで突っかかってきたアキラが消えた。まさに、俺の目の前で、だ。


「アキラ?」


 呼んでも返事はない。俺は何度も周りを見渡した。誰も居ない。アキラも、ルイも、ユウも。誰も居なくなった。


「……どうして」


 さらさらとカーテンが揺れる。窓のすぐ向こうに、魔女がいるはずの白い山が見える。俺はそこから目が離せなくなった。本当に魔女の仕業なのか? 何のために? どうしてあいつらを?


「アキラァァ」


 大声で呼んでもアキラは戻ってこない。返事一つない。いやそれどころか、この騒音に対する文句一つ聞こえてこない。嫌な予感がして、俺は急いで階段を下り宿屋の食堂に入った。


 グラスには飲みかけのミルクがあり、厨房からもいい匂いが漂っている。なのに、誰も居ない。客も、店主も、コックも。皿にのった野菜炒めから出る湯気が、酷く不自然に揺らめいている。


「俺だけ?」


 足が震えた。色を取り戻すということはそんなに大それたものだったんだろうか。魔女の怒りを買うことだったのか?


 俺は再び部屋に戻った。仲間がみんな消えた。それが俺の目的のせいならば、俺はこれからどうしたらいい。どうすれば取り戻せる? 答えの出ない問いを繰り返しながら、部屋中を歩き回る。そして鏡の前で足を止めた。


 この世界で唯一つの色。苛立ちとともに手近にあった置時計を投げつける。破砕音とともに鏡が割れ、時計も壊れて時を刻むのをやめた。


「……っ、ふざけんじゃねぇよ」


 俺の中で、何かが切れた。勝手に色を消すとか人間を消すとか、好き勝手やってんじゃねぇよ。俺たちは生きてるのに。この世界で必死に生きているのに。姿も見せねぇでこんなことされて黙ってられるか。消されたって構わない。怒鳴り込んでやる。


 俺は自分の荷物を持って駆け出した。向かうべきは白い山。魔女が住むという、その山へ。


 距離はまだ大分あるはずだった。なのに、俺の体は飛ぶように動き、気がついたら山の麓に居た。一度見上げて、再び駆け出す。信じられない速さで、白い景色の中をひたすらに登り続ける。息が切れても、足は止まらない。暴発した感情がそのまま体を動かしてくれた。


 返せ。返してくれ。

 ユウが、アキラが、ルイが好きだった。嫌なところもあるけど大事な仲間だ。どんな時も一緒にいたんだ。そして見つけてきた。楽しさも悲しさも。


 失って良いものなんて何も無い。どれも必要なものだ。大切なものだ。仲間も、感情も、この世界の色も。絶対に取り戻す。


 どのくらい走り続けただろう。木の根が飛び出しているところで、俺はつまづいて転んだ。下は真っ白の雪だ。覚悟して目をつぶる。しかし転げ落ちた感覚は予想したものと全く違う。ふわり、クッションのような柔らかさで、少しも冷たくはない。


「これ、雪じゃない」


 そういえば大して寒くもなかった。走り続けていたから汗さえ出ている。自分の体に触れていた雪のようなものを拾い上げるとそれは雪なんかじゃなかった。白い小さな花だ。そう思ったとたん、匂いに気づく。この山全体に甘い香りが充満している。


「これ、金木犀だ」


 白い花弁が俺の手の上で増えていく。それは一瞬にして抱えきれないほどになり、道をドンドン塞いでいく。俺の周りが一杯になり、あまりの強い匂いに眩暈がしそうだった。


「魔女。……俺の仲間を返してくれ」


 世界がぐるぐる回り始める。いつもの眩暈。意識が途切れる瞬間ギリギリまで、必死に願いを込めた。


「俺の世界に、色を取り戻してくれ――――」




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