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色のない世界で・4

 目を覚ました時、俺はベッドの上にいた。


 どこかの宿屋なんだろうか。見慣れない天井に、見慣れない部屋。部屋の中にはもう一つベッドがあるが、誰もいない。体を起こすと、一瞬世界が揺れたように回る。珍しく眩暈か。


無理に起き上がっても仕方がないので、そのままベッドに横たわった。寝ていてもグラグラする。くそう、一体なんなんだ。

 しばらくすると廊下の方から、バタバタと足音がした。やや乱暴に扉が開かれて、入ってきたのはアキラだった。


「あ、起きたか? ノゾム、大変なんだ」


「なんだよ。どうした?」


 アキラにしては慌てた様子で表情にも落ち着きがない。右、左とあたりを見回した後、誰もいないベッドの端に腰かけた。


「ユウがいなくなった」


「え?」


 アキラの態度には、冗談を言っているような素振りはない。


「とにかく、起きれるか? ルイが泣いちまってて。女部屋の方に行こう」


「ああ」


 俺はゆっくり体を起こした。まだ眩暈は治まらず、どこか世界が回っているような気がする。けれど、動けないほどひどい訳じゃない。敢えて平気な顔を作って、隣の部屋に向かった。



 女子二人用にあてがわれた部屋の中では、ルイが目を赤くして泣いていた。


「ルイ、大丈夫か? ユウはなんで?」


「し、知らないよう。ノゾムが何度ゆすっても起きないから、皆でこの宿に入ったの。で、私たちも疲れたねって言ってちょっと横になったんだよ。そして起きたら、ユウがいなくなってたの」


「散歩に行ってるとかじゃないのか?」


「違う。だって、荷物だってそのままだし。ユウが何も言わずにいなくなる訳ない」


「俺も、外を軽く探してみたんだけどいないんだよ。宿屋の主人も客の出入りはこの1時間にはなかったと言ってる」


「だからって、人間が忽然と姿を消す訳ないだろ?」


 俺は、まだ揺れる頭で必死に考えた。逃げたってことはまずない。この旅に、自分の次に乗り気だったのはユウだ。ましてユウの楽天的な性格を考えれば、この旅に対してそれほどの不安も持ち合わせてはいなかったろうと思う。


 であれば、攫われた? でも、宿主は出入りはなかったという。それに、いくらルイが疲れていたと言っても、人を抱えあげるような音を聞けば目が覚めるんじゃないか?

 

「……俺思うんだけどさ」


 アキラが、神妙な顔で俺とルイを交互に見る。


「魔女の仕業なんじゃないか? 自分の邪魔をしに来たと思って攫って行ったとか」


「まさか」


「だって、でなきゃ説明つかねぇだろ? 忽然とユウが姿を消すなんて、まるで魔法でもかけられたみたいじゃねーか」


 三人が三人とも黙り込んだ。ルイがおびえたような表情でこちらをうかがう。


「……嫌だ。怖い」


 やがて耐え切れなくなったように、ルイが叫んだ。


「怖いよ! ユウはどうなっちゃったの? 私たちもそうなるの? ねぇ! ノゾム」


「ちょっ、待てよ。落ち着け。まだそうだと決まった訳でもないじゃないか」


「だって、実際ユウは居ないんだよ!」


「ルイ、落ち着けってば」


 ルイは体を揺さぶりながら泣き叫んでいる。興奮状態になっていて、何を言っても無駄そうだった。

困りきってアキラを見ると、分かったというように頷く。


「ルイは俺がちゃんと落ち着かせとく。ノゾムはまだ顔色が悪んだから、部屋で休んでろよ」


「ああ。……頼む。悪いな」


 ルイの肩を、アキラがポンポンと叩く。叫び声が一瞬とまり、ゼンマイが切れたかのようにルイの動きがゆっくりになる。


「ほらルイ。少し座ろうか」


 アキラの低い声につられるようにルイは大人しくなった。多分大丈夫だろう。ルイにはアキラの言葉が一番聞き目がある。


 俺は部屋に戻ると、眩暈に耐えかねてベッドに横になった。立ち上がっていた間に酷くなった。寝ていてもぐるぐる回る。気分が悪い。


 すっきりしない頭で、それでも考える。どういうことなんだ。なぜ、ユウがいなくなるんだ。ユウがいないと――――。


 ユウの明るい笑顔を思い出す。俺たち四人がなんだかんだと上手くやっていけるのは、ユウがいるからこそだ。明るくて元気で呑気なユウ。皆、彼女が好きだから、不満があっても彼女によって癒されるから。


 だから、彼女が居ないだけでもう俺たちの関係は崩れ始めている。まずはルイだ。プラス思考に転換してくれるユウが居ないと、ルイは何もかもに悲観的になる。アキラに至ってもそうだ。お得意の論理的思考は、マイナス面ばかりをあげつらうことばかりに集中する。そうなったら俺にもお手上げだ。



 どこにいった? ユウ。お前がいないと、俺たちは駄目なんだよ――――


 祈るような気持ちで窓の外を見つめた。けれどそこに見えたのは真っ暗な世界と白く浮かぶ月だけだった。



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