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色のない世界で・3


 カイト様の家で壮大な目的を定めた俺たち4人。いざ行かんと玄関に向かった俺を、アキラが呼び止める。


「ちょっと待て、どこ行くんだノゾム」


「え? 早速出発じゃねーの?」


 盛り上がってんのに邪魔すんなよ、とアキラを睨むも呆れたようにため息をつかれる。


「物事には何でも準備ってモンが必要なんだよ。行くってどうやっていくんだ。方法は? 服装だってこんな軽装じゃ山ん中でのたれ死にしちまう」


「えー。まあそうだな。じゃあ着替えを準備して出発だ」


「お腹もすくよねぇ」


 口を挟んでくるのはユウ。ああもう食い気ばっかりだなお前。


「じゃあ弁当持って!」


「何日分?」


 何言っても返されるのでかなり脱力する。やけになって更に言い返そうとしたタイミングでカイト様が咳払いをした。みんなの意識がそちらに向かい、カイト様は、全員に見つめられて恥ずかしそうに笑った。


「歩きでは無理な行程だよ。馬車を貸してあげよう、そうすれば三日でつく。でもいけるのは麓までそこからは歩きだ。一日で山頂まで行くのはおそらく無理だが、山の途中に小屋はない」


「じゃあ、寝袋的なものも居る訳だ」


「食いモンだって結構いるじゃねーかよ。ああもう、お前に任せておくと駄目だ。俺が仕切る」


 アキラはため息とともにそんなことを言い、カイト様から紙とペンを借りる。


「ほら、それぞれに用意するものを書いた。明日までに準備できるか? なら早朝ここに集合で出発。カイト様、馬車に御者をつけてもらえますか。俺たち誰も馬は操れないんで」


「いいよ。さすがはアキラだね。頼りになる」


 感心したように微笑むカイト様に、アキラはまんざらでもなさそうに頷く。俺はというと、逆にちょっと悔しい。なんだよ、これは俺の目の色からはじまった冒険なのに。


 ふてくされて二人から目をそむけると、俺よりもっと落ち込んだ風のルイを発見する。その背中は情けなく曲がり、指先は壁に「の」の字を描いている。


「ルイ?」


 心配になって呼びかけると、涙目がこちらを向く。


「ホントに行くのぉ? 怖いようー!!」


 思わず吹き出してしまうほどの間抜け面に逆に癒された俺だった。






 翌日、俺たちは旅支度を整え、カイト様が用意してくれた馬車に乗り込んだ。


 今は収穫の秋だ。田園地帯を移動していると、周辺では稲の収穫が行われていた。白と黒の稲が風に揺れて不思議な空気の揺れを作っている。収穫をしている人々が皆一様に疲れたような顔をしているのが気になった。せっかくの稲も実りが悪いのだろうか。



「ノゾム、何見てんの?」



 ユウが話しかけてくる。



「いや、なんかさ。こんなんだったかな、と思って。俺らの村って、もっと生き生きとしてなかったか? 色のあった頃は」


「何言ってんのよ、色が無くなったのなんて何百年も前だよ。色のあった頃なんて知らないよ」


「あ、そうか。……そうだよな」


 ユウにあっさりと言われ、俺は頭をかいた。それもそうだ。何で口を滑らせて『色のあった頃』なんて言ったんだろう。


 だけど、なんだろうこの違和感。もっと生き生きとしていて、何もかもが眩しくて、人々も笑っていた……ことを知っている気がする。こんな風じゃなかったはずなのに。


「ノゾムは適当なことばっかりいうよな」


 アキラが馬鹿にした声に、俺の思考は止められる。適当なわけじゃない、と反論できないのが辛い。確かに、アキラの方がずっと賢くて論理的なのだ。俺やユウは楽天的で、思いつきで行動することが多い。


「いいだろ。だってそんな気がすんだから仕方ねーじゃん」


 感覚的な話を、アキラに言ったって分かってはもらえない。かといってユウに言えば何でもいいように解釈するし、ルイに言えば何でも悪いように解釈する。つまり、心の中にしまっておけばいい話だったのだ。


「もう、この話止めようぜ。ほら山もだいぶ近くに見えてきた。楽しみだな」


「楽しみだけじゃダメなんだぜ。現実的に考えないと。ふもとまでは馬車でいいけど、その後はどうする。俺は地図を見ていたんだが、案外険しい山のようだぜ」


「任せるよ、その辺は。ユウとルイがいるんだから少し緩やかな道とかないのか?」


「だからお前は、行き当たりバッタリだっていうんだよ。言いだしっぺなんだからさ、ちゃんとしろよな。一応遠回りにはなるが、迂回路はあるんだ。途中休憩を2度入れるとして、急な道なら山頂まで2日。迂回路なら5日というところかな」


「そう考えるとさ、そんなに難しい山登りでもないんじゃないか?」


「バカ、お前。山で5日過ごすって結構苦痛だぞ?」


「でもさ、色を取り戻すっていう大義名分があれば、もっと凄い大人とかが挑みそうなもんじゃね? 急な道だって2日程度なんだろ? 絶対無理って感じはしないけどな」


「確かにな。まあでも、そういうのはカイト様じゃないとわからないな」


「そうだな」



 そう答えながら、俺の頭に一つの疑問が湧いて出る。『カイト様じゃないと、分からない』皆が口をそろえたように言う言葉だ。もちろん俺も言う。


 だがなぜ、カイト様ならわかるんだろう。神の言葉を聞けるから?


 頭の奥がピリッと痛んだ。何かを深く考えようとするといつも起こる。


『知ろうとしてはいけない』


 頭の中に戒めのように響く声。


『なぜ、と問いかけてはいけない――』


 その言葉とともに、急速に眠気が襲ってくる。



「……駄目だ、眠い」


「あれ、ノゾム?」


 心配そうなルイの声に返事も出来ず、俺はゆっくりと瞳を閉じる。この世界で唯一のモノクロ以外の色が、瞼の後ろに隠れていく。


「日食みたい」


 意識が途切れる直前に、ポツリと呟いたのはユウだった。





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