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色のない世界で・1

 夢の中まで暗闇だった。

前が見えないので手探りで、何かを探す夢だ。

何を探していたのかは覚えてないが、大切なものだったように思う。

それは一体なんだったのだろう……。



「ノゾム、いつまで寝てんのよう」


 甘ったるい声に目が開いた。いつも困ったような顔をしているルイが、この日も八の字眉で俺を覗き込んでいる。


「ご飯先に食べちゃうよー」


 ルイが視界から消えると、見えるのは天井。白んで見えるということはもう朝か。徐々に鼻も覚醒してきたのか、朝食のいい匂いがしてきた。

 体を起こしてテーブルを見ると、オーバーアクションで何かを話しているユウとフォークを彼女に向けながら何か呟いているアキラが見えた。


「……何でおまえら、うちにいるんだ?」


 ルイとユウとアキラは、いつもつるんでいる仲間だ。

とはいえ、同居してるわけでもない。なぜ一緒に朝飯を食っているのだろう。しかし、返ってきたのは問いとは別の答えだった。


「ノゾム、その目!」


 ルイが目を丸くして指をさしている。人を指差しちゃいけませんって、親から習わなかったのか? お前。


「は? 何だよ」


「ノゾムの目、……色がある」


「え?」


 ルイの声に、ユウとアキラがベッドに近づいてきた。3人の親友たちに不思議そうに覗かれて、何故か緊張してしまう。


「ホントだ。色がある」


「すごい、これ、何色って言うの?」


「はぁ、お前ら何言って……」


 ベッドサイドにある棚から鏡を取り出して見る。眉が凛々しい俺の顔。いかにもやんちゃって分かる額の傷跡もいつもどおり。だけど確かにいつもと一箇所だけ違う。右目に、白でも黒でも灰色でもない色がついている。だけど、この色を何色と呼ぶのか分からない。それは俺だけでなく、ここにいる人間すべてがだ。


「これ、なんて色なんだ?」


「知らないよぉ。色がなくなったのなんて、もう何百年も前なんでしょ?」


 泣きそうな顔でそう言うのはルイ。


「なんだろうな、突然。昨日までお前の目も黒かったのに」


 アキラが、顎に手を当て深く考えるような仕草をする。


「でもさ、面白そうじゃない? この色がなんていう色なのか、調べてみようよ」


 明るい調子で言うのはユウだ。


「調べるって、どうすんだよ?」


「そうねぇ。例えば、本でさがすとか」


「本だって図鑑だってみんな白黒じゃねぇか」


「あ、そっか」


名案を否定されたと思ったのか、ユウは拗ねた顔をした。


 俺はもう一度鏡を見た。色の付いている瞳は右目だけ。色は分からないけど明るくて綺麗だ。白と黒、そしてそれらが作る陰影からは感じたことのない、弾んだ気分をもたらしてくれる。


「俺、知りたいな。この色の事」


「そうだ! 分からないことは、カイト様にきけばいいんじゃない?」


 ユウが、また名案を思いついたと言うような顔をした。さっきまで拗ねてたんじゃないのかよ。立ち直りも天下一品だ。


「まあね。カイト様が知らないことはない」


 冷静な口調で、アキラが同意する。相変わらずこいつはかっこつけだ。しかし、アキラが言うことはちゃんと論理的で筋が通っている。だから俺たち4人の中でもめたとき、最後に結論をつけるのはいつもこいつだ。


 カイト様というのはこの村の神官様だ。見た目はまだ青年なのだが、老人のような落ち着きがある。女神の声を聞き伝えるというその仕事が、彼をそうさせてしまったのかも知れない。


「そうだな。カイト様のところに行こう」


 決まればすぐ動きたくなるのが俺だ。手近においてあった服に着替えるため服を脱ぐと、ルイがキャーとわめく。


「えっちー! 女の子の前で脱がないでよ」


「いちいち反応するほうがエッチだろ、バカ」


 騒がれると余計気恥ずかしい。慌ててカーテンの陰に隠れて着替えるが、この方が外から丸見えになってしまう。近くを掃いていた隣のおばさんと目が合い、嫌な顔をされた。仕方なくマッチョマンの真似をすると今度は顔の前で手を振られる。畜生、全否定かよ。


 もう外を気にするのは止めだ。急いで着替えを終え、勢いよくカーテンを開け放つ。


「よし、準備完了! 行くぞ」


「あっ、待ってよう。まだご飯食べ終わってない!」


 出鼻をくじくようにユウがテーブルにしがみつく。と、途端に俺の腹の虫も鳴きだす。そういえばまだ朝飯を食っていない。


「てか、それ俺の朝飯なんじゃねーか!」


 テーブルに乗せられたパンやおかずは、半分以上食い荒らされている。無邪気に舌を出して笑うユウに、俺は思わず苦笑いした。



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