返事をしてはいけない声
夜中に目が覚めた。
理由はすぐ分かった。
誰かが、自分の名前を呼んだからだ。
「……気のせいか」
時計を見ると、午前2時17分。
寝返りを打とうとした、その時。
ドアの向こうから、もう一度聞こえた。
「……ねえ」
小さな声。
女の声だった。
一人暮らしの部屋だ。
誰かいるはずがない。
体が動かない。
金縛りでもないのに、怖くて動けない。
しばらくして、声は止んだ。
やっと息を吐き、布団をかぶる。
そのまま眠った。
⸻
翌朝。
何となく嫌な気分のまま会社へ行き、帰宅した。
ドアを開ける。
部屋はいつも通り。
何も変わっていない。
安心して靴を脱ぎ、電気をつける。
その瞬間。
リビングの奥、寝室のドアが、
少しだけ開いていた。
朝、閉めたはずなのに。
⸻
気味が悪くなり、その夜はテレビをつけっぱなしで寝た。
そして、また夜中に目が覚める。
テレビは消えていた。
部屋は暗い。
そして、はっきり聞こえた。
耳元で。
「なんで返事してくれないの?」
全身が凍りつく。
声は、布団の中から聞こえた。
自分のすぐ後ろ。
⸻
翌日、友人に相談した。
「それ、前の住人じゃない?」
笑いながら言われる。
「前の住人、部屋で自殺したらしいよ」
冗談だと思った。
帰宅して、不動産サイトを調べる。
確かに、事故物件だった。
知らなかっただけだ。
気にしすぎだ。
そう言い聞かせて寝た。
⸻
そして、その夜。
また声がした。
はっきりと。
「ねえ」
布団の中で、震えながら思う。
無視すれば、そのうち消える。
そう信じて。
声は続く。
「ねえ」
「聞こえてるでしょ」
「ねえ」
そして、すぐ耳元で、
はっきりと囁かれた。
「今、後ろ向いてるよね?」
⸻
翌朝。
警察が部屋を確認したが、異常は見つからなかった。
「気のせいでしょう」
そう言って帰っていく。
ドアが閉まり、部屋が静かになる。
電気を消し、ベッドに横になる。
疲れていたのか、すぐに眠りかけた。
ふと、違和感で目が覚める。
体が動かない。
暗闇の中で気づく。
自分の横に、
もう一つ分の重みで、
布団が沈んでいる。
息だけが、
すぐ近くで聞こえていた。




