第7章
12月に入り、羽田空港は年末年始の繁忙期を迎えていた。国内外のフライトが急増し、管制塔内は普段以上に緊張感が漂っていた。
「今年もこの時期が来ましたね。」
篠田が軽く息を吐きながら言うと、内田が笑いながら答えた。
「この時期こそ、うちらの腕の見せどころだよ、篠田。」
「そうですね……頑張ります!」
篠田は拳を軽く握りしめたが、その笑顔には少し不安の影が見えた。三津谷が隣で励ますように肩を叩いた。
「心配するな。俺たち全員でフォローし合おう。」
その言葉に篠田は安心したようにうなずいたが、真奈美の表情はどこか険しかった。増加する業務に加え、鈴木の優秀さに負けないよう努力してきたものの、自分がまだ及ばないと感じていたからだ。
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そんな中、12月のある日、関東地方に寒波が到来し、羽田空港は突然の降雪に見舞われた。降雪の影響で複数の便が遅延し、離着陸のスケジュールは乱れ、管制塔内は一層の混乱に包まれた。
「全員、緊急態勢だ!」
佐藤の声が響く中、片山が迅速に状況を把握し始めた。
「滑走路の状態は?」
三津谷がすぐに答えた。
「滑走路AとCは使用可能。ただし、降雪量が増えれば除雪が必要になります。」
「よし、Cを優先しよう。雪の影響が出る前にできるだけ多くの便を処理する。」
片山は即座に指示を出し、メンバーたちは一斉に動き始めた。
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「真奈美、滑走路34Rに着陸する機体を優先しろ。」
片山の声に、真奈美はすぐに応答した。
「了解しました!」
真奈美は冷静に業務をこなしていたが、その隣では鈴木も懸命に対応していた。彼は迅速に状況を判断し、次々と指示を出していたが、二人の連携が微妙に噛み合わない場面が出てきた。
「鈴木さん、次の便の間隔をもっと広げたほうがいいです!」
真奈美が提案すると、鈴木は少し戸惑った表情を見せたが、すぐに対応を変更した。しかし、その一瞬の迷いが他の便の遅延を引き起こし、管制塔内にさらに緊張感が走った。
「真奈美、鈴木、今の状況を整理しろ!」
片山の冷静ながらも鋭い声が響いた。
「連携が取れていない。お互いの動きをもっと意識しろ。ここは個人プレーじゃなくチームだ。」
その厳しい言葉に、真奈美と鈴木はハッとし、互いを見た。
「すみません、もっと気をつけます。」
鈴木が謝罪すると、真奈美も静かにうなずいた。
「私も、もっと周りを見ます。」
片山は二人の言葉を聞き、短くうなずいた。
「いいか、失敗を恐れるな。ただし、次に活かせ。これが繁忙期の管制だ。」
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その後、片山は全員を集め、状況改善のための短いミーティングを行った。
「今回のような状況では、連携が鍵だ。全員、自分の役割を再確認しろ。」
佐藤も加わり、経験豊富な視点からアドバイスを送った。
「大事なのは、各自の判断力と全体を見渡す力だ。片山の指示を中心に、一丸となって乗り切ろう。」
内田が軽く手を挙げて言った。
「今回の件で俺も少しミスったところがあるから、次からは気をつけます。」
その言葉に、三津谷が冗談めかして笑った。
「内田はいつもミスしてるだろ?」
「え、それは言っちゃダメですよ!」
その軽口に場の緊張が少し和らいだが、真奈美は改めて自分の未熟さを痛感していた。
「私も、もっとちゃんとしなきゃ……。」
真奈美の心中には焦りと決意が入り混じっていたが、その視線の先には、片山が指示を飛ばし続ける姿があった。
一方、鈴木も内心で反省していた。
「まだまだだな、俺も。」
二人の管制官としての成長は、これからのチームワーク次第だった。繁忙期の羽田空港は、次の試練をもたらす準備をしているかのように、降り続ける雪に包まれていた。