第6章
秋の澄んだ空が広がるある朝、羽田空港の管制塔に新しい顔が現れた。かつて大分空港で片山と共に働いていた後輩、鈴木辰哉が田辺の後任として着任したのだ。
鈴木は30代前半ほどの男性で、整った顔立ちに加え、落ち着きのある物腰が印象的だった。管制塔内に入ると、鈴木は片山の姿を見つけて、にっこりと笑顔を浮かべた。
「お久しぶりです、片山さん!」
彼の明るい声に、片山は少し驚いた様子を見せながらも口元に笑みを浮かべた。
「鈴木か。久しぶりだな。セントレアでの活躍、聞いたぞ。」
二人のやり取りに、管制塔の他のメンバーたちも興味を引かれた様子で耳を傾けていた。
「片山さんの指導のおかげで、今の自分があります。本当に感謝しています。」
鈴木は深々と頭を下げた。その様子に、真奈美は驚きの表情を隠せなかった。
「片山さんの後輩……?」
真奈美は心の中で繰り返した。鈴木のように謙虚でありながらも自信を感じさせる振る舞いは、真奈美にとって強い印象を与えた。
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その日の朝のミーティングで佐藤が鈴木を管制塔のメンバーに紹介した。
「今日から田辺さんの後任として、新しいメンバーがチームに加わる。中部国際空港から来た鈴木辰哉君だ。片山の大分での後輩でもあるらしいな。」
その一言に管制官たちの視線が一斉に片山に向いた。
「皆さん、初めまして。鈴木辰哉です。セントレアでの経験を活かして、羽田でも全力で頑張ります。どうぞよろしくお願いします。」
鈴木が自己紹介をし、軽く頭を下げた。整った顔立ちと、どこか自信を漂わせる穏やかな笑顔が印象的だった。
ミーティングの後、三津谷がさっそく気さくな口調で話しかけた。
「鈴木くん、セントレアではすごく活躍してたって聞いたよ。」
鈴木は少し照れくさそうに笑いながら答えた。
「いえいえ、まだまだ勉強中ですよ。セントレアではたくさんの経験をさせてもらいましたが、羽田は規模も違いますし、まずは皆さんからいろいろ教わりたいです。」
「それに片山さんの教え子だから、これはかなり期待できるな!」
内田が肩を叩きながら言った。
鈴木の謙虚な姿勢に、篠田が感心したようにうなずいた。
「すごいなぁ。私も鈴木さんみたいに自信を持って話せるようになりたいです!」
「いやいや、そんな大したことないですよ。」
鈴木はそう言いながら篠田に優しい笑顔を向けた。その気さくな態度に、篠田も安心したようだった。
一方で、内田は真奈美の方をちらりと見た。
「真奈美にとっては新たなライバル登場かな?」
内田の冗談めいた問いに、真奈美は少しだけ苦笑した。
「そんなことは……ないですよ。ただ、すごく優秀な人だなって思っただけです。」
真奈美の声にはわずかに緊張が混じっていた。それを見て、片山がふいに口を開いた。
「鈴木は新人の頃からずっと努力家だった。今の姿は、その結果だな。」
その言葉に鈴木は恐縮したように頭をかいた。
「いや、片山さんの指導がおかげです。当時はよく叱られましたからね。」
鈴木の言葉に場の雰囲気が和らぎ、三津谷が声を上げて笑った。
「片山さんの指導はなかなかスパルタだったんだね。」
「いや、叱られた後には必ずフォローがありました。だから成長できたんだと思います。」
鈴木の言葉に、真奈美は片山の意外な一面を感じ取った。普段の寡黙な姿からは想像できない、後輩思いの一面。その片山の背中を見つめながら、真奈美の中に一つの感情が芽生えた。
「私も、片山さんに認められるようになりたい。」
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その日、鈴木は初めての業務を無事に終えた。彼の的確な指示と冷静な対応に、管制塔のメンバーたちは感心した様子だった。
「さすが片山さんの教え子だな。」
三津谷が笑顔で言うと、内田も同意するようにうなずいた。
「鈴木君ならすぐにエースになりそうですね。」
しかし、真奈美の胸中は穏やかではなかった。鈴木の優秀さに圧倒されると同時に、自分との差を痛感したのだ。
「負けてられない。」
そう自分に言い聞かせながら、真奈美はデスクに戻り、業務の復習に取り組み始めた。