第2章
翌日から業務が始まった。管制塔から見渡す羽田空港は、滑走路が幾重にも交差し、数え切れないほどの航空機が昼夜を問わず発着を繰り返す。片山にとって、この忙しさは予想の範囲内だったが、真奈美にとっては圧倒される光景だった。
「ANA154、こちら東京タワー。滑走路34Rに進入を許可します。」
真奈美は落ち着いた声で指示を出した。声に出す前に何度も頭の中で復唱し、ミスをしないように慎重に言葉を選んでいた。
一方で、片山の仕事ぶりは実に洗練されていた。迅速かつ正確に指示を出し、複数の航空機が同時に接近する状況でも迷いなく対応する。
「JAL872、こちら東京タワー。滑走路34Rから離陸を許可します。後続機のANA563、滑走路34R手前で待機。」
片山の声には迷いがなく、指示を受けたパイロットたちも即座に反応する。彼の冷静な判断と的確な指示により、羽田空港の複雑な空域でもスムーズな運航が維持されていた。
管制塔内では、片山のパフォーマンスが注目の的となっていた。
「すごいな、片山さん。一度にこんなに多くの航空機をさばけるなんて。」
三津谷が感嘆の声を漏らした。彼は片山の判断力と冷静さに驚いていた。
「本当だな。15年地方にいたって聞いてたけど、そんなふうには全然見えない。」
田辺もまた、片山の実力に感心していた。彼の豊富な経験が、羽田空港という大舞台でも存分に発揮されていることが明らかだった。
「15年以上勤務してたからこその熟練さじゃないのか? あれは俺だったら混乱してミスってるかもしれないよ。」
内田が冗談混じりに言うと、篠田が静かに補足する。
「それだけじゃないと思います。片山さん、すべての状況を把握して先回りして指示を出してます。それってただ経験があるだけじゃ無理です。」
内田が「なるほど」と頷きながら片山の背中を見つめた。
真奈美もまた、隣で働く片山の姿に感銘を受けていた。自分もいずれは、これほど冷静かつ的確な判断ができるようになりたい。そう心の中で誓いながら、片山の言動を注意深く観察していた。
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勤務が終わり、管制塔を後にする二人。真奈美はずっと気になっていた質問を、意を決して口にした。
「片山さん、本当に大分空港で15年も働いてたんですか? 羽田空港の仕事に全然違和感がなくて、驚いてます。」
片山は歩きながら、少しだけ目を細めて笑った。
「ありがとう。確かに大分には長くいたけど、その前に関西国際空港でも働いてたんだよ。」
「えっ? 関空にもですか?」
「うん。最初の数年は福岡で勤務して、そこで基礎を学んだ。その後関空に行った後、15年前に地元の大分に戻ったんだ。」
真奈美は片山の経歴の幅広さに驚いた。福岡、関空、そして大分。それぞれ異なる環境で働いた経験が、片山の今日のスキルに繋がっているのだと理解した。
「なるほど……。やっぱり片山さんってすごいですね。」
「いや、そんなことないさ。ただ、どんな空港でも、安全な空を守るっていう目的は同じだ。それだけは忘れないようにしてる。」
片山の言葉には、長年の経験から来る重みがあった。真奈美はその一言一言を胸に刻みつけながら、明日からも自分の全力を尽くそうと心に決めた。