第12章
一夜が明け、羽田空港に朝の光が差し込む。昨日の混乱が嘘のように、空港内は平穏を取り戻していた。管制室では朝のミーティングが行われ、佐藤が昨日の出来事について口を開いた。
「みんな、本当にご苦労だった。一丸となって空港を守るために働いてくれたこと、感謝している。君たちの迅速な対応がなければ、もっと大きな混乱になっていただろう。」
佐藤の言葉に管制官たちは静かに頷き、疲労の中にも誇りが見える表情を浮かべていた。続いて佐藤は、公安の倉木から受け取った報告を伝えた。
「倉木さんから報告だ。昨日逮捕された犯人グループの一味だが、取り調べが始まっている。彼らが使ったサイバー攻撃のプログラムも解析が進められているそうだ。ただし、詳細については機密情報のため伏せられた。今後の捜査のため、これ以上の情報は現時点では共有できないとのことだ。」
その言葉に、内田がため息をつきながら苦笑する。
「結局、俺たちは蚊帳の外ってわけか。まあ、そうだろうとは思ったけどな。」
「うちらの仕事はそういう情報を追うことじゃなくて、空の安全を守ることだろ。」
三津谷が内田の肩を軽く叩き、励ますように言った。内田も「ですね」と頷き、表情を和らげる。
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ミーティングが終わり、業務開始前に片山は窓際に立つ真奈美に声をかけた。
「真奈美、昨日はよくやった。あんな初めての危機的状況であの対応は立派だった。」
真奈美は少し照れた様子で微笑む。
「ありがとうございます。」
「もちろん、俺たちもサポートしたけどな。」
三津谷が後ろから声をかけ、篠田と内田も同調する。
「真奈美は片山さんが来てから本当に成長してると思うよ。」
篠田が微笑みながら言い、内田も軽く頷く。
「そうだな。もう新人なんて言えないな。」
「いやいや、まだまだです!」
真奈美は恥ずかしそうに手を振ったが、その顔には嬉しさがにじみ出ていた。
その時、鈴木が飲み物を片手に休憩室から戻ってきた。
「なんだか和やかな雰囲気ですね。」
「鈴木も、昨日はよくやってくれた。」
片山が鈴木に声をかけると、鈴木は肩をすくめながら答える。
「いや、俺はただ指示通りに動いただけですよ。でも、真奈美には驚かされたな。初めての危機対応で、あれだけ冷静だったとは。自分もいつか追い抜かれないように頑張らないと。」
「鈴木さんまで、みんなで褒めすぎじゃないですか?」
真奈美は照れくさそうに言ったが、その声にはどこか嬉しさがにじんでいた。
「そこは素直に受け取っておくんだよ。」
鈴木が茶化すように言いながら、真奈美の肩を軽く叩いた。
「まあ、これからも頼りにしてるぞ。」
片山が静かに言うと、真奈美は真剣な表情で「はい!」と力強く答えた。
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管制室内は通常の業務が始まり、各席に座った管制官たちがモニターを注視しながら航空機の動きを把握していた。片山はヘッドセットを調整し、いつものように冷静な口調で指示を送る。
「JAL102、34Rへの進入を許可します。」
「了解。34R進入許可、JAL102。」
滑走路では、出発する航空機が次々とエンジン音を轟かせ、離陸していく。地上から見上げると、青空に向かって上昇していく機影が美しく映える。
一方で、到着便の管理も順調に進んでいた。真奈美は到着機に的確な指示を出し、スムーズな着陸をサポートしていた。
「ANA215、滑走路34Lへの進入を許可します。」
「34L進入許可、ANA215。」
片山が真奈美に声をかける。
「いい感じだ。」
「ありがとうございます!」
真奈美は笑顔を浮かべながら、次の機体に集中する。
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空港全体では、スタッフや乗客がそれぞれの目的を胸に動いていた。出発ロビーでは旅行客やビジネスマンがチェックインカウンターに列を作り、到着ロビーでは家族や友人と再会する人々が笑顔を見せている。
佐藤は管制室を一巡した後、窓際で滑走路を眺めながらつぶやいた。
「今日も忙しくなりそうだな。」
片山もその隣に立ち、空に消えていく機影を見つめる。
「そうですね。でも、この仕事はやりがいがありますよ。」
佐藤が頷き、静かに言った。
「昨日みたいな日が続くのは勘弁だがな。さあ、今日も気を引き締めていこう。」
「はい。」片山は力強く答え、再び席に戻った。
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その日の夕方、業務を終えた片山は管制塔の窓際に立ち、羽田空港を一望した。行き交う飛行機、点滅する誘導灯、そして忙しなく動き回る地上スタッフたち――。
「今日も無事に終わったな。」
片山のつぶやきに、後ろから真奈美がそっと近づいた。
「片山さん、これからもよろしくお願いします。」
片山は振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ。」
羽田空港の夜景が二人の背後に広がり、再び新たな一日が始まることを告げるように輝いていた。