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第11章

あれから1週間が経ち、クリスマスを直前に控えた金曜日。羽田空港には冬の柔らかな日差しが降り注ぎ、旅行や帰省客で賑わっていた。しかし、片山たち管制官は普段通りの業務をこなしながらも、サイバー攻撃の脅威に備え、気を緩めることなく臨んでいた。

「今日も無事に終わればいいんですけどね。」

真奈美がヘッドセットをつけたまま小さく呟く。鈴木が苦笑しながら答えた。

「大丈夫だ。いつものようにやれば何も起きない。」

「そうだな。余計なこと考える暇があるなら今の状況に集中だ。」

片山の冷静な声が飛び、管制室内は改めて引き締まった空気に包まれる。


________________________________________


一方、警視庁公安部の倉木とサイバー犯罪対策課の伊藤も、空港内で捜査と監視を続けていた。警視庁の捜査員たちは空港の各所に配置され、異変がないか細心の注意を払っている。

「これだけ警戒していれば、そう簡単には動けないだろう。」

内田が軽く肩をすくめながらも、周囲の張り詰めた空気を少しでも和らげようと笑みを浮かべる。

「油断するな。」

倉木の低い声が内田の冗談をかき消し、伊藤が真剣な眼差しでモニターを見つめる。

「攻撃者は必ず隙を狙います。クリスマス直前――混乱を引き起こすには絶好のタイミングですから。」


________________________________________


日が沈み、空港全体が夜の光に包まれる頃、異変は突如として始まった。

バチッ――

羽田空港全体の明かりが一斉に消え、管制室内の機器も一瞬停止する。暗闇の中、機器の非常電源が作動し、青白い非常灯が点滅した。

「どうした!?」

「電源が落ちました!」

三津谷が叫び、管制室は一瞬にして騒然となる。その直後、出発ロビーの電光掲示板に異様な光景が映し出された。

そこには不気味なシンボル――翼を広げた鳥のシルエットに、鎖を引きちぎるようなデザインのマークが浮かび上がっていた。黒地に赤く燃え上がるような色彩で、中央には英語で

「LIBERATOR」

と記されている。

「リベレーター……。」

真奈美が震える声で呟く。

「リベレーターだ。情報通り、奴らが動き出した。」

倉木が険しい表情で叫び、伊藤がすぐにノートパソコンに向かう。

「侵入を確認! 空港システムに不正アクセスされています! データが次々と書き換えられています!」

「くそっ、対策班を呼べ!」

佐藤が指示を飛ばし、篠田と内田が迅速に動き出す。

「全管制官、エマージェンシーに移行! 通信手段が確保できているか確認しろ!」

片山が鋭く指示を出し、各管制官が一斉に航空機との交信を試みる。

「こちら東京タワー! 現在システム障害発生中! 航空機との通信は維持していますが、状況は不安定です!」

鈴木が必死にヘッドセットに向かって呼びかける。真奈美も隣で焦りながらも冷静さを保とうと声を張り上げた。

「JAL621、こちら東京タワー! 通信が不安定ですが、こちらは通常通り対応中! 落ち着いてください!」

「了解、東京タワー!」

航空機からの応答が途切れ途切れに届く。


________________________________________

一方、倉木と伊藤はシステム復旧に向けて必死に動いていた。

「侵入経路を突き止めました! 空港内のサブサーバーが経由されています!」

「遮断できるか?」

「試みますが、攻撃はかなり巧妙です……時間がかかる!」

伊藤の額に汗が滲む。

「急げ。時間がない。」

倉木が鋭い目で伊藤を見つめた。


________________________________________


管制室では、片山が冷静な判断を続け、真奈美たちがそれに応じて次々と対応していく。

「全便、手動管理に切り替えろ! システムがダウンしても、人間がいれば守れる!」

片山の力強い言葉に、管制官たちは一丸となって奮い立つ。

管制官の窓からは、夜空に無数の航空機のライトが静かに光っていた。混乱の中でも、彼らは空を守るべく飛び続けているのだ。

「絶対に守って見せる。」

真奈美は拳を握り、目の前のモニターに向き合った。


________________________________________


片山は静かに呟く。

「奴らの目的は何だ……? なぜ羽田を狙った?」

彼の問いに答える者はいない。しかし、目の前にはシステムダウンという最大の危機が迫っていた。

「全員、このまま気を抜くな!」

管制室は再び熱気と緊張に包まれていた。

羽田空港ターミナルビル内は、暗闇に包まれた一瞬の静寂の後、混乱が広がっていた。突如として消えた明かりと、電光掲示板に浮かび上がった不気味な「リベレーター」のマーク。多くの乗客がパニックに陥り、スタッフたちは必死に彼らをなだめ、誘導を続けていた。

「皆様、落ち着いてください! 現在、空港全体で緊急事態に対応しております!」

スタッフの声が響く中、小さな子どもを抱えた母親や、行き先を見失った乗客たちが、不安げに出口や案内所に集まる。混乱の最前線にいる空港職員たちの奮闘が続いていた。


________________________________________


一方、管制室では片山や真奈美たち管制官が、航空機の安全を守るべく必死に対応を続けていた。

「現在、通常の管制システムが使用できないため、すべて手動で管理を続けています。」

鈴木が片山に報告する。

「よし、全員、今の状況を冷静に把握しろ。手動でも、ミスは絶対に許されない。」

片山の言葉に、一同は改めて決意を固めた。

真奈美がヘッドセット越しに航空機とやり取りを続ける。

「ANA478、現在の状況は……問題なし。引き続き誘導路A3を使用してください。」

真奈美は冷静さを保ちながら航空機に指示を送る。


________________________________________


そのころ、倉木と伊藤は、空港のサーバールームに駆け込んでいた。

「侵入しているプログラムの正体が分かりました!」

伊藤の声が静まり返ったサイバー対策室に響く。倉木が素早く彼のモニターを覗き込む。

「……これは?」

「“リベレーター”が使っているウイルスは、サブサーバーから空港のシステムに侵入し、機能を停止させるだけじゃなく、データを抜き取っています。おそらく、空港のセキュリティ情報やフライトデータがターゲットです。」

倉木の表情が険しくなる。

「つまり、空港の弱点を突いてさらなる攻撃を計画している可能性が高い、ということか?」

「ええ……ただし、彼らのウイルスには決定的な欠陥がある。」

伊藤はそう言って自信ありげにモニターを指さした。

「ウイルスは自動で拡散し、すべてのシステムに侵入しようとしますが、アクセス権限の高いサーバーに接続する際、一瞬だけ反応が遅れる。つまり、そこで逆探知が可能です。」

「やれるのか?」

「はい、ウイルスの発信源を突き止めるチャンスです。」


________________________________________


管制室では、片山たちが依然として手動で航空機を誘導していた。

「JAL462、こちら東京タワー、最終アプローチを維持。滑走路34Rを指定する。」

片山の指示にパイロットからの応答が返る。隣では真奈美が震える手でヘッドセットを握りしめ、冷静に次の機体との交信を試みていた。

「ANA213、こちら東京タワー! 現在システム障害中ですが、安全に誘導します。速度をそのまま維持してください!」

「了解、東京タワー。」

真奈美の声には緊張がにじんでいたが、管制官としての責任感が彼女を支えていた。

「真奈美、大丈夫か?」

片山が静かに声をかける。その目は、彼女の焦りを見抜いていた。

「落ち着いて1つずつこなせ。お前ならやれる。」

真奈美はハッとし、深呼吸を一つ。

「……はい、分かりました!」

彼女は再びヘッドセットを調整し、正面のモニターに目を据えた。


________________________________________


またその頃、倉木と伊藤は空港のウイルスの発信源の特定に奔走していた。

「このウイルス、それも内部から発信されている。」

伊藤の声は緊張に満ちていた。

「内部からだと?」

倉木の表情が険しくなる。

「はい、攻撃の発信源は空港内にあるはずです。つまり、空港内にいる何者かがウイルスを仕掛けた可能性が高い。」

伊藤は素早くキーボードを叩き続ける。

数分後、倉木の部下である捜査員から連絡が入る。

「到着ロビーで不審な動きをする男を発見しました。至急対応を要請します!」

倉木は無線機を握りしめ、即座に指示を出した。

「押さえろ。その男を捕らえろ!」

倉木の指示とともに、捜査員たちが一斉に動き出す。

到着ロビーでは、不審な動きをしている男が一人、ノートパソコンを操作しながら周囲を警戒していた。男は黒いキャップを目深に被り、目立たない服装で一般人に紛れている。

「おい、あいつだ。」

捜査員が密かに連絡を取り合いながら男を取り囲んでいく。

「逃がすな!」

倉木が鋭く叫ぶと、複数の捜査員が一斉に男に飛びかかり、床に押し倒した。男は激しく抵抗するが、多勢に無勢だ。

「離せ! お前らに何がわかる!」

男の叫びがロビーに響き、周囲の乗客がざわめく。

倉木が男の肩を掴み、冷たい目で睨みつけた。

「お前が『リベレーター』の一員だな。お前がウイルスを仕掛けたのか?」

男は一瞬目を逸らすが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

「お前らがどれだけあがこうが、もう止められない。解放の時はすぐそこだ……。」

「解放だと?」

倉木が眉をひそめた瞬間、男の腕に彫られたタトゥーが見えた。それは電光掲示板に映し出されたものと同じ――翼を広げた鳥と、鎖を引きちぎるマークだった。

「間違いないな。」

捜査員が男の手からパソコンを奪い取る。

「伊藤、このパソコンを調べろ。」

「分かりました。」

伊藤はその場でパソコンを解析し始める。

「システムを乗っ取ったウイルスのデータがここにあります! これが拡散元です!」

「今すぐ復旧の手順に移れ。感染を食い止めろ!」

倉木が声を張り上げると、伊藤は急いでパソコンのキーボードを叩いた。

「セキュリティプログラムを上書きして、ウイルスを遮断します!」

数分後――

「よし……! 拡散を食い止めました! システムの一部が回復しています!」

伊藤が息を吐きながら報告した。倉木は男を一瞥し、捜査員に指示を出す。

「こいつを連行しろ。」

男は力なく項垂れ、その場から連れ出されていく。

倉木が胸を撫で下ろす。

「よし、急げ。他のシステムも復旧させろ。」


________________________________________


管制室では、片山たちが懸命に業務を続けていた。

「上海発のJAL512便の運航状況はどうだ?」

三津谷が篠田に尋ねると、篠田は冷静に応答する。

「現在、34Rへの着陸が予定されています。問題ありません。」

「よし、そのまま進入を継続だ。」

数分後、管制室に連絡が入った。片山が受話器を取った。

「倉木だ! リベレーターの一味を確保し、システムも一部復旧した!」

「了解です!ありがとうございます。」

管制室内のモニターに次々と復旧の兆しが映し出される。

「片山さん! システム、使えます!」

真奈美が笑みを浮かべて報告し、片山がすぐさま指示を出した。

「倉木さんから報告だ!犯人が捕まりシステムが一部回復した。通常のシステムへの移行を徐々に開始しよう! 遅れを取り戻すぞ!」

片山の指示の後、佐藤が続けた。

「みんなまだ気を抜くな!最終便を送り出すまでが我々の闘いだ!」

「はい!」

佐藤の言葉に全員が返事をし、片山たちは再び航空機へ指示を送り始めた。


________________________________________


空港のロビーでも、システムが一部復旧し照明も戻った。

「ご搭乗の皆様へご案内いたします。システム障害によるご心配、ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。復旧の目途が立ちましたので、皆さまを順次ご案内いたします。」

システムが復旧したことを伝えるアナウンスが空港館内に流れた。パニック状態だった出発ロビーの乗客たちも徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。


________________________________________


他のシステムも徐々に復旧し始めた。サイバー攻撃の犯人が捕まっても、片山たち管制官の闘いは続いていた。

そして日付が変わり深夜1時前、最終便が滑走路を離れ、無事に飛び立った後、管制室内に安堵の空気が広がった。

「みんなお疲れ様。」

片山の言葉に、真奈美たちが静かに頷いた。

倉木と伊藤も管制室に戻り、労いの言葉をかける。

「サイバー攻撃を仕掛けた男を逮捕しました。そいつはグループの一員で、これから本庁で取り調べる予定です。これも皆さんの対応があったからこそです。協力、本当に感謝します。」

「俺たちだけじゃありません。これは空港全体で守った結果です。」

片山が倉木の目を見据え、固い握手を交わした。

すべての業務が終わり、管制室内では管制官たちが疲労を滲ませながらも、達成感に満ちた表情を浮かべていた。

鈴木が真奈美に笑顔で声をかけた。

「真奈美さん、今日は本当によくやったな。」

「そんなことないですよ。皆さんが的確にサポートしてくれたおかげです。」

内田も椅子に座りながら、疲れた顔で笑う。

「いやー無事に終わってよかった。でももう当分こんな状況はごめんだ。」

「まったくだ。」

「ですね。」

篠田と三津谷が軽く笑いながら答える。

佐藤もその様子を見守りながら静かに言った。

「今日は大変な一日だったが、全員がよくやってくれた。君たち一人ひとりの力があってこその結果だ。誇りに思う。」


________________________________________


みんなが帰った後、片山は管制塔の窓際に立ち、外の夜景を見つめていた。

滑走路を見下ろす片山の横に真奈美が歩み寄る。

片山の目は遠くを見つめたままだった。

夜の羽田空港は再び静寂を取り戻し、管制室にもようやく平穏が訪れていた。

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