第10章
会議の翌朝、管制塔内には早くから重い緊張感が漂っていた。管制官たちは、これまでと変わらぬ通常業務をこなしながらも、頭の片隅ではサイバー攻撃への不安が消えない。
その中、佐藤が再び倉木を伴い、管制室に姿を見せた。
「皆、おはよう。昨夜の会議で伝えた通り、これから厳戒態勢だ。今日からさらに万全を期すため、公安部から専門のサポートを受けることになった。」
倉木が部下の一人を呼び入れる。
「紹介します。サイバー犯罪対策課所属の伊藤圭輔巡査部長だ。」
倉木の隣に立つ若い男性が一歩前に出て一礼する。伊藤圭輔は30代半ばと思われる細身の体型で、黒縁の眼鏡をかけた知的な雰囲気の男だ。無表情の倉木とは対照的に、伊藤の表情は柔らかく、少し気さくさも感じられた。
「伊藤です。サイバーセキュリティ対策のサポートとして、倉木警部と共に皆さんのお手伝いをさせていただきます。」
「サイバー犯罪対策課って……本当にそんなに危険な状態なんですか?」
三津谷が恐る恐る尋ねると、伊藤は淡々と答えた。
「現時点では不明の段階ですが、万が一、管制システムが障害されれば航空運行が停止し、国内外に大きな混乱が生じます。幸い、私たち公安と対策課は事前の情報を掴んでいますので、攻撃を防ぐことができるかもしれません。」
「未遂で終わればいいけど……。」
篠田がぼそりと呟き、内田も腕を組んで複雑そうな顔をしている。
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伊藤はその後、管制システムの一部にアクセスし、不正な挙動やバックドアの有無を確認する作業に取り掛かった。片山、真奈美、鈴木らは通常業務を続けながら、時折伊藤の様子を気にする。
「伊藤さん、何かわかりそうですか?」
真奈美が声をかけると、伊藤は手を止め、モニターを見つめたまま答えた。
「今のところ、明確な異常は見当たりません。ただし、不自然なデータの転送が一部に記録されています。おそらく、攻撃者が下見を行った痕跡かもしれませんね。」
「下見……。」
鈴木が声を潜めると、伊藤は冷静な表情で続けた。
「攻撃は段階的に行われます。最初はシステムの弱点を探り、その後で一気に侵入を試みる。羽田空港のシステムは堅牢ですが、油断は禁物です。」
「システムがダウンしたら、どうなるんですか?」
三津谷が恐る恐る尋ねると、伊藤は真剣な表情で言い切った。
「最悪の場合、通信が遮断され、管制官が航空機との連絡を取れなくなります。そうなれば、空港運用は全面停止――空が混乱に陥る。」
その言葉に管制室の空気が一気に張り詰める。
「――でも、そのために私たちがいるんです。」
伊藤は静かに笑みを浮かべ、真奈美たちを見つめた。
「我々技術班が攻撃を防ぎ、皆さん管制官が空を守る。お互いの役割を果たせば、問題は起きません。」
その言葉に鈴木が大きく頷いた。
「伊藤さん、頼もしいですね。俺たちもできる限りのことをやりますよ。」
「その通りだ。」
片山が冷静な口調で言葉を継ぎ、管制室全体に向けて声を張った。
「いつも通り、自分たちの役目を果たすだけだ。余計な動揺は不要だ。」
「了解しました!」
真奈美たちが口々に返事をし、通常業務に戻る。
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その日の業務は、厳戒態勢ながらも粛々と進行した。管制塔内では片山を中心に各管制官が神経を研ぎ澄まし、航空機の運航を守り続ける。そして伊藤はサイバー攻撃の兆候がないか、ひたすらシステムの監視を続けていた。
片山は一人、静かにモニターを見つめ続けていた。その鋭い眼差しには、目に見えない脅威に立ち向かう覚悟が宿っていた。彼の心には、いつもの確かな信念があった。