第1章
片山直樹は、どこか浮足立った心地だった。大分空港での15年を経て、今日から東京の空を見守る立場となったのだ。管制官としての新たな挑戦に胸を躍らせる一方で、果たしてこの巨大な空港でうまくやっていけるのかという不安もあった。
羽田空港の広大さに圧倒されながらも、片山は自分の新しい仕事への意欲をかき立てられた。空港の周囲は忙しなく動き回る人々で溢れ、ターミナルの中では常に大勢の乗客が行き交っていた。空港の広さ、騒音、忙しさが、どこか心を高鳴らせる。だが、空港内の一部で感じる独特な静けさもあった。それは管制塔からの空間だった。
「管制官の片山さんだね?」その声に振り返ると、そこには管制保安部部長の佐藤健一が立っていた。佐藤はどっしりとした体格に、温厚な表情を浮かべている。彼のオーラからは、長年の経験とその実力が滲み出ていた。
「これからお世話になる主幹管制官の片山直樹です。よろしくお願いします。」
片山は深々と頭を下げた。佐藤は笑顔で手を差し伸べる。
「管制保安部部長の佐藤だ。そんなに堅苦しくなくて大丈夫だ。これからよろしく頼むよ。」
佐藤の温かな言葉に少し肩の力が抜け、片山はその手を握り返した。彼の表情には、これから始まる新しい環境への決意が滲んでいる。
「それじゃあ、早速管制塔に案内する。」
佐藤の後ろについて歩くと、羽田空港の管制塔は思っていた以上に巨大で、各フロアは各部門に分かれて稼働している。片山はその広さに圧倒されながらも、全てをきちんと把握していかなければならないという責任感に駆られた。
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片山は管制塔に案内されると、そこで彼の新しい相棒となる新人航空管制官、山口真奈美に紹介された。彼女は二十代半ばで、短い髪をひとつにまとめ、瞳には強い意志が宿っていた。真奈美の背筋は伸び、きびきびとした動きが印象的だ。
「初めまして、片山さん。山口真奈美です。どうぞよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
片山は彼女の手をしっかりと握り返した。真奈美の真剣な表情に、片山はかつての自分を重ね合わせた。彼が航空管制官を目指したのは、幼い頃に見た飛行機事故の光景がきっかけだった。彼はその瞬間に決意したのだ。どんな困難な状況でも、安全な空を守るために。真奈美もまた、そんな気持ちを持っているに違いないと思い、彼は心の中で応援の気持ちを抱く。
その後、片山は管制部の他のメンバーとも顔を合わせることになった。まずは、定年間近でありながら依然として鋭い判断力を持ち続けるベテランの主幹管制官、田辺勝彦だ。彼は静かに話すタイプで、経験に基づいた冷静な判断が求められる場面での頼りになる存在だ。
「よろしく頼むよ、片山君。羽田の空はなかなか厳しいからな。」
田辺の言葉には、その言葉通り、羽田空港に対する深い愛情と責任感が感じられる。
次に彼女が案内してくれたのは、管制塔の隣にある広いレーダールームだった。そこでは、ターミナルレーダー室の管制官たちがリアルタイムで飛行機の動きを監視し、空港全体の管理を行っている。
「こちらが、主任管制官の三津谷雄介さんです。」
真奈美が紹介したのは、穏やかな表情をした中堅管制官だった。三津谷は片山に手を差し出し、軽く握手を交わす。
「よろしくお願いします。羽田の空は広いですから、一緒に頑張りましょう。」
三津谷の言葉には落ち着きがあり、片山はその冷静さに引き込まれるような気がした。次に案内されたのは、少し変わった管制官、内田翔平だった。彼は30代半ばの主任管制官であるが、他の管制官たちと異なり、私服に近いカジュアルな服装をしている。普段はよく笑っているものの、空気を読んだタイミングでの発言が的確で、仕事には非常に熟練している。
「主任管制官の内田です。気楽によろしくお願いしますね。」
内田は軽く肩をすくめると、片山に向かって笑顔を見せた。仕事においては非常に頼もしい存在だが、私生活では少し気まぐれな面がある。
その後、さらに案内されたのは若手管制官の篠田恵だ。彼女は几帳面で、仕事に対する意識が非常に高く、どんなに忙しい時でも冷静に判断を下すことができる。
「篠田恵です。よろしくお願いします。」
篠田はすぐに片山の手をしっかりと握り、真剣な眼差しで見つめた。その眼差しに、片山は一瞬でその真面目さを感じ取った。羽田空港という大舞台で、彼女もまた大きな責任を背負っているのだと実感する。
片山は、これからどのような試練が待ち受けているのか、改めて気が引き締まる思いを抱いていた。