第3章 心を守る為の嘘。
…ねぇ
なんで新だけ助からなかったんだろうね
××町より、ココロの派遣を命じます。
繰り返します、××町より、ココロの派遣を命じます。
パラノイドの増殖を確認しました、直ちにココロの派遣を命じます。
いつからだろう、パラノイドがこの町を徘徊し始めたのは
どうしてココロが必要なほど落ちぶれてしまったんだ、かえりたい
ココロをこめて、パラノイア・パラノイド
外は夏、蝉の音がうるさい初夏
梅雨は明けた、世界は明るくなったはずなのに暗く見える、それなのに眩しくて上が見れない
そんな矛盾を抱えて
あの日から何日経っただろう、新との予定は、一つ残らず暗闇に堕ちた
…頭から離れない、零世の…、あの言葉
-なんで新だけ助からなかったんだろうね
そんなの、俺が聞きたい、知りたい
あれからずっと考えていても、理由はなんとなく、わかっていながらも
認めたくなくて、違うって思い込んで、蓋をしてしまう
自分にとって、都合が悪かったから
唯一休める睡眠の時間にすら現れるそれは、もううんざりで
零世と会ったら思い出す、話し掛けたら思い出すから、話し掛けるのが怖くなっていって
俺らの間に会話はもう、なかった
頭が痛い、もう一度新と会いたい、話したい
…一度じゃ足りない
数十分歩いてたどり着く、町外れの住宅地
比較的山の麓に住んでいる俺たち
感覚に任せて歩いて、風に身を委ねてみた
新はいないのに世界は世界だ、眩しくて明るくて醜い
家に入って、靴を脱いで
なんとなくただいまと言ってみる、靴はあるのに返事はなくて、代わりに聞こえたのはテレビの音
渇いた笑いが出た、何を期待していたんだろう
居間へ歩くとニュースキャスターの声が鮮明に、新の件はまだ話題になっていた
パラノイドになり消えることは稀
この近辺でパラノイドが出るのも久しい
階段を駆け上がって、自室に入れば散らかったベッドに鞄を放り投げて、財布をとって外に出た、行ってきますは言わない、…外の方が空気が綺麗だ、もう息は吸えない
数日経って、ようやく現実を受け入れられた俺は献花を供えるべく花を買いに行く
あの場所に目線を向けることすらできなかった、零世との会話はここ数日殆どない
悪気はないって、わかってる、わかってるけど
あの顔見たら、思い出して、その度に自分を責めてしまう、いくら強くても耐えれない
新が繋いでいた俺らは繋がりがなくなって、いつも会話の間に新がいたから
話し方もわからない、俺の話し相手はもういない
馬鹿みたいな話してるだけ幸せだったんだって、気付いた時にはもう遅かった
新が覆い隠してくれてた闇はすっかり、誤魔化しきれないほど表に出ていた
蝉の声が鬱陶しくて耳に刺さる、ずっと頭に残るから耳を塞いだ
両サイド田んぼの田舎道、長閑で気がゆるむ
すぐそばに森があって大自然、暗い町より断然良い
そしてビニールハウスの中にある花屋に入る
適当に、詳しくもないからずっと見るだけでいて、そしたら誰かに俺に声をかけた
「あらぁ、見ない顔ね、おつかいかしら?」
エプロンをつけた、花より香水の匂いが花につく化粧の濃いおばさん
手を払うような仕草をしている
制服着てる、中学生だって、言いたいことはあるのに口に出ない、小柄なことぐらいわかってる
「やだ、挨拶ぐらいしなきゃだめよ?」
…ああうるさい、虫唾が走る
挨拶なんかする相手いない、したくない
何の意味があるのかわからない
(…言わないで、思っても、黙ってて)
なんて、何も言えないけど睨んで見せた
鬱陶しい、距離が近い、来ないでほしい、大人しく花見てたらいいのにどうしてこんな、いかにもつまらなさそうで地味な中学生に話しかけるんだろう
その上小言まで、どっちも良い思いなんてしないのに
「…あ!見覚えあると思ったら、もしかして坂本さんのお子さんと知り合い?」
心臓が止まったような気がした、だけど頷いた
頷くしかなかったから
「あらそうなの、災難ねー!テレビ見たわよ、パラノイドの暗闇に巻き込まれたんでしょ?」
このおばさん特有の胡散臭い仕草は何なんだ、なんて考えながら話を聞いていた
新は俺らを巻き込まないで一人で消えたのに
舌打ちをしてみたけど効いていないようで
でも、すぐに後悔することになる
「にしても、パラノイドになるまで我慢してるあの子もあの子よね、身勝手な行為に巻き込まれて-
なんて、平気そうな顔でこの人は喋った
許せなかった、新のこと何も知らないくせにって
自分も知ろうとしなかったのに
そうして溢れ出る負の言葉が脳を支配した時、気がついたら思い切り体重をかけて、おばさんを突き飛ばしていた
何が起きたのかわからない、驚いた顔して
自分にこんな力があるなんて思ってなかった、脳が勝手にこうさせた、言い訳が瞬時に溢れるほど出てきた
謝罪は出てこない、耐えきれなかった
おばさんは見るからに怒っていた、こんなことが零世と新にバレたら、なんて考えたらわからなくなって息が苦しくなって
(…って、もう新はいないんだ)
恐ろしくなってその場から逃げ出してしまった
逃げるなんて愚か者の行為だと思ってて、堕ちるとこまで堕ちたんだと実感するしかない
弱い人、情けない人ってたくさんの言葉が出てくる中走ってその言葉から逃げるように
なのにどこまでもついてくる、頭を切り離したいぐらい鬱陶しい
逃げてる自分も馬鹿馬鹿しくて身勝手だ
ある程度走って、振り返る
追っ手はきてなくて、普段走らないから息があがって汗が流れた
夏が綺麗で腹が立つ、新がいなくなって
世界は何も変わらなかった
唯一変わった場所と言えば
あの道に置かれた、無数の花束
白百合の花束を見て、思い出が蘇る
たった数日前のこと、あっという間にパラノイドになってしまった新
新は大丈夫だって決めつけてた、見える不調、零世が近くにいたから、大丈夫だって決めつけてた
心の傷は見えない、わかってたはずなのに
受け入れられても、涙は出ない、不思議だ
もうなにも考えたくなくて、子供の声、蝉の音、耳鳴りの音に気を失いそうになりながらも帰路についた、顔が歪んでたと思う
人に怪我を負わせたこと、傷がついたこと、この手を汚してしまったこと
家族に知られたらどうなるだろう
怒られるのも、俺を見てくれてる証拠だ
それでいいのに、きっとそれすらもしないんだ
ほら、いつもこうやって自分のこと棚に上げて、誰かを憎んで
(なにも、考えたくない)
自宅の階段を駆け上がる、最近家族と交わした会話、俺にかけられた言葉は
(なんだっけ…)
もう思い出せなくなってた、これだけは忘れたくなかったのに
頭が重くて痛い、心が苦しくて涙が出そうなのに
こういうとき抱きしめてくれたのはいつも新だった、誰かに抱きしめて泣けるってことも、話を聞いてくれる人がいるのも当たり前じゃないんだってわかってたつもりだったけど
いざ当たり前が壊れると、それがどれだけ幸せなことか、どれだけわかっていなかったのか
(…痛いほどわかる)
足が止まって、木の軋む音は止まる
なんとなく振り向いて、その階段はあの時と同じよう
昔、家族の興味を引くために落ちたな、なんて嫌な記憶が蘇っては笑いが出る
あの時より高い目線、冷め切った心
生きることができる環境ってだけ、まだ幸せなのかな
どこまでが、どこからが幸せなのだろう
(…俺が死んで、悲しんでくれる人っているのかな)
零世は少し悲しむかな、なんて考えて、二人の顔が浮かんだ、でもきっと零世にはわからない
家族に愛されない苦しみなんて
「…あーあ」
その環境を素直によかったねって、そうやって笑えるぐらい優しかったらどれだけよかっただろう
泣きそうで腹が立つ、家族に愛されるのだって諦めたのに
…いや、違う、それは新が愛してくれていたから
もう自分に興味を持って気にかけてくれるのは零世だけ、そんな零世に俺は話しかけることができない
深い溜め息をついて、階段の上から下を見つめた
俺が、壊れていく
「…俺って、
生きてる、意味あるのかな」