第1幕 妄想が生んだ代償とは。
心傷は、やがて膨大な妄想を生み出す-
心が壊れれば、妄想…、リソウノセカイに閉じこもる、それは世界共通の概念である。
××町より、ココロの派遣を命じます。
繰り返します、××町より、ココロの派遣を命じます。
パラノイドの増殖を確認しました、直ちにココロの派遣を命じます。
いつからだろう、パラノイドがこの町を徘徊し始めたのは
どうしてココロが必要なほど落ちぶれてしまったんだ、かえりたい
ココロをこめて、パラノイア・パラノイド
桜は散り、季節は夏へ
六月は、変貌が著しく増加する月である。
これは、”普通”を愛した彼らに起こった悲劇だ。
暑苦しい夏の中、彼らは語る-
「…最近、増えたよね…パラノイド、
この前町に降りたけど、暗闇ばっかり」
夕日に照らされた教室、放課後
僕…奉日本零世が親友二人と話していた時、息を吐くように
脳裏を過った話題を切り出した
ほんとになんの意味もなくて、会話を続けたかったからって単純な理由で
僕がこういう重い話をすることはないからか、二人共少し驚いているようで、瞳孔が開いて
「お前、パラノイド知ってたんだ…?」
「知ってるよ…!!今日聞いたもん…!」
夕日に照らされた僕の親友、坂本新がそう話した、馬鹿にされてるのかな、とか思いながらも笑って
明るい茶の髪が、窓から入る風にふわふわと、ひらひらと靡く
近頃、パラノイドは確実に増えていた、山の方では見たことがないけど、山を降りればそこにある、暗闇
パラノイドが生み出す、膨大な妄想-
今朝の全校集会で話の一つにあった、確か…心を壊すと変貌してしまうのだとか
でも、気が付いたら暗闇は晴れて
消えた後は、何事もなかったように元の世界に戻っているらしい
実際、あれだけ暗い不穏な町も、普段は明るく見える。
「アとドの違いもわかってなさそう」
眩く暖かい夕日を黒い下敷きで遮りながら、もう一人の親友、澪崎氷雨が小馬鹿にしたように少し笑った
パラノイアと、パラノイド…
これは確実に馬鹿にされてるなって、下敷きを奪って、席を立って高いとこに持ち上げた
でも、実際よくわからなかった
話も、最後まで聞けなくて
「くらえ!日光攻撃!」
「……まぶし…返して」
反応は遅いし、想像してたものと違った、新はいつものように笑っていた
氷雨の青い髪がオレンジ色の夕日に照らされて、綺麗に輝いている
髪で片目を隠してるのに、それ以上隠したら何もみえない
「返してやりな、それ氷雨の一部だから」
「…違う」
新が笑いながら僕から下敷きを取ろうとしてくる、それを否定する氷雨が面白くてつい笑ってしまう
「…まあ、僕らには関係ないよね」
そう言って下敷きを机に置くと、聞こえていた足音が止まり、教室の戸が開いた
「おーい、そろそろ帰れ~」
先生に言われてしまった、僕らは席を元に戻して、早く帰りたいのか時計と僕らを交互に見つめる先生にさよならと言って帰路につく
はいさよなら、と返って、廊下にすっと消えてゆく
パラノイドなんて町の方の話で、山であり田舎のここには関係ないと思ってた
だってみんな幸せそうに笑って、笑顔が耐えない場所だったから
そんなみんなを見る目が変わったのは、少し後の話
関係ないと思っていたのも、この時まで。
―
なんでもない、古い道路を歩いている僕ら
さっきの夕日が嘘のように、夕立に遭った僕ら
明るかった空も次第に曇り模様
雨に打たれるビニール傘、真ん中の新が前に出て
人も通らないものだからつい道に広がって歩いてしまっていた
「あ、今日の小テストどうだった?」
静まり返って、息を吹き返すように新が話題を切り出した、結果が絶望的だった僕はつい目をそらしてしまったけど
「多分90」
「あれ50点満点じゃね?」
そんな会話をする二人、一方僕は何点満点だったのかも覚えてない
それに、まだ返却すらされてないから予想でしかない
「…じゃ、45」
「ほんとかー?…零世は?何点だと思う?」
話題が僕の方に向いた、嫌だけど、なんだか聞いてほしかった気もする
手始めに、両手をパーにして顔の横に
そのあと、片手で三をつくった、氷雨がちょっと笑ってる、つまり13
僕はそうだ、氷雨みたいに頭が良いわけでもなく、新みたいに運動ができるわけでもない
「あー…、ま…!そんなときもあるよな…!大丈夫大丈夫!」
励ますように肩を叩かれた
フォローされるとなんだか心が痛い、いっそのこと笑ってほしかったな、なんて考えながら
そして、僕は聞き逃さなかった、氷雨が0点じゃないんだ、と言ったことを、流石の僕でも0点なんて取ったことない
「全校集会ビビったよな、急に倒れて、なんかやべー音したもん」
僕のこと、長時間立たされっぱなしで、貧血になって倒れた、体が弱いみたいだから、よくあることで、今はある程度元気だけど、昔はよく大きな病院に入院していた
(そういえば、その時も暗闇…、)
ふと新を見ると、話題に反応しない俺たちを見て戸惑っているようで
「ぁ…、その件はお世話になりました……」
慌てて声を出した、こういうところだ…いつもすぐ忘れてしまう
そして、畏まりすぎた言葉が出てきて自分に呆れる
僕が倒れた時は新が手を挙げて先生を呼んで、氷雨は普通に列を抜けて先生を呼びに行っていた
先生、こいつ倒れましたって、慣れたように言うから少し笑ってしまった
頻繁に起こるから、担架に乗せられることもなくなって、大柄な先生に担がれるようになった
そんな変化に周りの人も慣れたように、話が再開されるまでも早い
そのあとみんなに心配されるから、あまり悪い気はしない
「別に」
「いーよいーよ、気にすんなって
あんな倒れてるのに座らせてくれない小嶋が悪い!」
小嶋…先生…、
その通りだ、倒れる未来は見えて、その度にちょっとした騒ぎになる
いつも座らせてくれない、先生は
周りと違う行動はだめっていうけど、だったらみんな座らせてあげたらいいのに
そうこうしていると、後ろからチリンと自転車のベルが鳴る、振り向くと、透明のレインコートを着た近隣に住んでるちょっとこわい顔のおじさんがいた、びくりと肩が震えた
新曰わく根は優しいらしいけど、やっぱり少し怖くて怖じ気づいてしまう
でも道に広がってたのは僕らだ、謝らないといけないのに声が出ない
「あっ、すみません…」
新が咄嗟にそう言って、僕らも頭を下げながら道を開けた、救われた気がしたけど
「こえぇー…」
って、小さく情けない新の声が聞こえてしまって、つい笑みがこぼれた
すると今度は進行方向から声が聞こえる
家に行った時に見たことがある、あの時お茶と和菓子を出してくれた新のおばあさん
傘もささずに走ってくる様子に、ただごとではないと思ったのか新が僕らを置いて走る
「ん…?ばあちゃん、どうした?」
なんて、傘を差し出して走る
僕らから離れて、声も聞こえないけど何かを話しているのはわかった、新の傘が地に落ちた
氷雨はぼんやりとその光景を見ているようだったけど、僕は新の顔が青ざめてゆく様を見てしまった
なにかよくないことが起きたんだ、なんて言おう
そう考えているうちに気付かなかったこと
新の身体が、胸の内から黒くなっていた
絶望したかのような表情のまま、パリパリと亀裂が入るように、姿が漆黒に染まりゆく、光すら反射しない暗闇が
「新…!!」
嗄れた叫び声の元へと走ったけど、さっきのおじさんがそれより大きな声で叫んだ
「離れろ!!!」
その人が声を荒げることは普段なかった、離れなきゃ、本能的にそう感じる
なのに離れられない、目の前の非現実的な光景を受け入れることもできないまま
震えと共に”あの時”と似た耳の叫びが、金切り声が刺さる
「…零世、離れよ」
氷雨も焦ったのか俺の手を引く、おじさんも自転車から降りて俺を引っ張ろうとしている
動けない、瞬きもできない、目が離せない
逃げなきゃ、なのに逃げれない
次第に雨は強くなる、おばあさんは腰を抜かしてしまったようで、近隣の人に引っ張られて
俺は気付いた、これが、この暗闇が
(パラノイド…)
漆黒に染まりきった新だったものはもう顔も見えず、そのまま
漆黒を世界に広げてゆく
今日、話があった
もしも近くの人がパラノイドになっても、近付いてはならない
時が来るまで、待ち続けること
パラノイドは周囲を黒く染め、「リソウノセカイ」を構築する
厳密には、結界のようなものなのだと
だとしたら尚更逃げなきゃなのに足が動かない、だけど二人に引っ張られてなんとか呑まれずに済んだ、だけど
新のおばあさんは呑み込まれてしまった
中は見えない、底知れず
すぐに近くにある交番の人が来て、暗闇に呑まれた範囲は閉鎖された
呆然とすることしかできなくて、ただその光景を見つめるのみだった
そして、動かなかったことについてのお叱りを受けた
おじさんに怒られたのは初めてだったけど、心が動かなくて実感が湧かない、まるで夢を見ているみたいに
でもパラノイドになったら終わりというわけではない、そう周りの人から伝えられて元気が出た
(…そうだよね、大丈夫、あの新のことだし…大丈夫だよ、ね?)
そう、自分に言い聞かせるように深呼吸をした
少しして、暗闇からおばあさんが放り出された、放り出されたというか、置かれたというか
リソウノセカイに拒まれたのだとおじさんは言う
悪いことは言わない、家に帰れ、と
そう言われたけど
親友のことだから、どうしても気になって、帰れなかった
暗闇は十数メートルにまで及び、その一帯は黄色いテープのようなもので入れなくなっている
時が来るまでは待ち遠しく、気が遠くなりそうなほど長く、意識が遠のき始めていた頃
少しして、騒ぎに駆けつけた近隣の人達が道を開けた、…テレビ局かなにかだろうか、カメラを持った人がいる
僕らは端の方に座っていて見えなかったけど、誰かが来た
一人、二人、それからすぐに増えてゆく
うるさいな、騒がしいな、なんて耳を塞いで
まだ希望があった束の間の夢はとある言葉により悪夢へと変わる
「…あー、こりゃあかんわ」
そんな声だけが聞こえた、呪いのようにこの言葉は不安を支配した、でも不思議と
次の朝には誰かが来た記憶なんてなかった
「え…?」
僕が困惑していると、氷雨が立ち上がって人混みを掻き分けて歩いた
でも、そのあとすぐにこれまでにないほど悔しげな顔をして戻ってきてしまった
わからない、違う、嘘かもしれない、そう跳ね上がる胸を抑え込んで、でも苦しくて涙が出た
「…帰ろ」
戻ってきた氷雨は諦めたように僕を見下ろして、そして僕に背を向けた
もう戻るしかないのだと、察しろと言いたげな顔で
その日は迂回して、近くの林道を通って帰ることにした
テレビ局の人か、声をかけられたけど無視して
結局、家族にすら何も話せなかった
翌朝、寝不足な僕らは昨日のように迂回して、林道を通ろうとした
僕らの間に会話はない、ただいつもの時間に待ち合わせて、もしかしたら夢なんじゃないかって
助かって、いつも通りに笑って来てくれることを期待したけど、いくら待っても、時間を過ぎても、新は待ち合わせ場所に来なかった
迂回する直前、昨日の道を見た
暗闇は消えて、その代償か
無数の花が添えられていた。
絶望のどん底に叩き込まれた暗い気分で、これ以上下はないんじゃないか、そう思った
でも僕は知らない
これが、終わりの始まりとなることを
この度はココロをこめて、パラノイア・パラノイド
通称ここパラの閲覧ありがとうございました
まだまだ未熟な点も多い初心者ですが、毎週木曜連載で精一杯書いていこうと思います
感想など、くださるとても励みになりますので是非書いていってください
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