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夜の川辺と帽子

作者: ドニー



一人の女性が川辺に腰を下ろし

流れる水を眺めていた⋯


過去を懐かしく思い浮かべながら

川のせせらぎを聞いている


ねぇ先輩⋯覚えていますか?

私がこの地を離れる前夜…

この場所で2人でお話ししたことを 


先輩には彼女がいるのに…

先輩は彼女を大切にしていた

他の女性と2人きりになることを避けていた事も知っていた

それなのに…先輩は…来てくれた…


「明日この地を離れます⋯先輩に彼女さんがいるのは知っているけれど、私と2人きりで会うのは難しいとわかっているけれど⋯もう会うことができなくなると思うから、最後に先輩に会っておきたい⋯無理なら断ってください」


いつものように電話でお互いの近況報告をし⋯そろそろ切ろうかというタイミングで私はダメ元で言ってみた⋯


「今夜19時に⋯川で待っている」

「先輩ありがとう⋯」

そうして電話を切って先輩が指定した待ち合わせ場所へと向かった


その川辺は奇しくも私がこの地にやってきて

初めて住んだアパートの裏手にあった


この地での始まりの場所で

最後の夜を先輩と過ごすなんて⋯


まるで奇跡のよう⋯

そう思った


すっかり陽が落ち暗くなったその場所で

まだ時間前なのに先輩はすでに

川辺で座って待っていてくれた



「先輩!待たせてごめんなさい」

「まだ時間前だろ」

慌てなくていい…と、そう笑ってくれた


「先輩来てくれてありがとう⋯彼女さんは大丈夫ですか?」

「お前は気にしなくていいよ⋯それより明日出発するんだな」

「はい⋯明日の夕方⋯たちます」

「そっか⋯」 


ふと先輩の頭に目がいく

「先輩って帽子好きでしたっけ?」


「ん?あぁこれか…最近はまって色々集めてるんだ…これは一番気に入っているやつだ」


「へぇ〜……うん…先輩とっても似合ってる」

「サンキュー、一番のお気に入りだからそう言ってもらえると嬉しいよ」


その後1時間位2人で会話を楽しんだ

そうして楽しい時間が終わりを迎えようとした時⋯


先輩が徐ろに被っていた帽子を脱いで私の頭に乗せた

そしてポンポンと2度優しく私の頭を叩き

手を私の頭に置いたまま

私の目を、まっすぐに見つめてくる


――・・・先輩・・・顔が近いです・・・心臓が持ちません・・・


「この帽子お前にやる……いってこい…そして頑張ってこい⋯また聞いてほしい事があれば…いつでもいい電話してこい…いくらでも聞いてやる」

そう先輩は言って頭からようやく手を離した


「はい⋯先輩⋯今日はありがとう……帽子、大切にします」

――いいのかな?お気に入りなのに…すごく…嬉しい…



――先輩……最後に抱きしめてもらえますか?・・・


そう言おうとしたけど…言葉を口にだすことはできなかった

口に出せば、きっと先輩は…そっと優しく…私を抱きしめてくれるから…


……だから私は言えない……言ってはいけない…


何か言いたげな私の様子を、いつも敏感に察知する先輩は

私の目をジッと見つめ言葉を待っているようだったけど

(先輩はいつも目をしっかり見つめてくる……まるで真意を探るように…)


先輩は、やがて諦めてため息を一つ吐いた


「………礼なんていいって……俺はそろそろ帰る、お前も気を付けて帰れよ、じゃあ…おやすみ………またな!」

笑顔でそう言って手を上げ、先輩は自転車で帰っていった

先輩が16歳、私が15歳の

春の入口の季節だった⋯


「さよならは言わないんですね……先輩⋯」



中学2年の春・・・

1年の頃から先輩を好きになり

先輩に告白をしようと

学校の放送室の録音ブースへと呼びだした


私が1年の時から先輩は

同じ委員会でとても優しくしてくれた


「好きです」その一言がどうしても口から出てこなくて次々と涙がこぼれた…

顔を上げられなくなってしまった私は、床に膝を抱えて座っていた……そんな私に寄り添うような距離で⋯先輩は、しゃがんで私から目を逸らすこともなく⋯

ジッと私を見つめて…何も言わずに待っていてくれた⋯


そうして30分以上経った頃

さすがに察した先輩は私にこう言った

「お前の相手は俺じゃない」

そうしてポンポンと優しく頭を2回叩いた

私は結局「好きです」とは言えなかった⋯


「ふふっ⋯先輩⋯今思えば中3の男子が言うセリフじゃないよ〜〜ほんっと先輩って⋯」



それからも先輩は私への態度を変える事はなかった

毎日のように放送室で沢山会話をし…時にはふざけ合って

学校で話せなかった時は……電話で聞いてくれた

くだらない話で笑い合ったりして⋯

いつも…ついつい長電話になっていた……


――ねぇ先輩……楽しかったよね…

1〜2回しかなかったけど私が先輩の相談を聞く事もあった⋯



妹のように思われていたのか⋯

本当に…大切にしてくれた


一度だけ…⋯私が傷ついて泣いて電話をした時…私を傷つけた相手に対して電話の向こうで激怒してくれた事もあった

その怒りは電話越しでも伝わる程に⋯冷やかに静かにキレていた

あれほど怖い先輩を見たのは(電話越しだけど)最初で最後だった

私の為に怒ってくれた先輩……私はとても嬉しかった……


それからも遠方に越した私と先輩の関係は変わらず

会うことはなかったけれど

電話での交流は続いた


やがてお互い忙しくなっていき

交わす電話の回数も減っていった


最後の電話は今も覚えている⋯

「先輩、こんばんは久しぶり〜」

「⋯悪い⋯今ちょっと⋯」

「あっごめんなさい彼女さん来てましたか?」

「うん⋯悪いな⋯」

「いいえ…それじゃあまた」

「あぁ…またな」

そう言って電話を切った

(先輩⋯少し元気なかった?気のせいかな?彼女さん来てるなら大丈夫よね!)


私はそれ以降電話をかけられなかった

彼女さんともし同棲でも始めていたら…そう思うと電話なんてかけられない

先輩を困らせたくない一心だった


…そのうち先輩から電話がくるだろう……そう思っていた……でも……


その当時の先輩は以前より近い距離に住んでいて会おうと思えば会える距離だったけど…私達は川辺で過ごしたあの夜以降会うことはなかった⋯



ねぇ先輩⋯

私、先輩には絶対幸せになってもらいたかったんですよ!

先輩みたいに…凄く優しい人は何が何でも幸せになるべきだって⋯


先輩は小学生の時、父親を亡くし

家計を支えるために学校から許可をもらい

小学生の時から新聞配達のアルバイトを毎朝かかさずしていた

それは中学生になっても続けていた


「この事私が知っていると知ったら先輩驚くんだろうなぁ…私、先輩どころか誰にも言わなかったし…」


先輩の境遇は何故か先輩の友人から私が中2の時に聞かされた


「あいつの事好きなんだろ?なら知っておけ⋯でも…あいつには言うなよ」


先輩に振られた後の私に

どうして先輩の友人が先輩の境遇を私に教えてくれたのかは


「今もわからないや⋯…どうしてだったんだろう……」


成績も良く

友達とも仲良く過ごし

さらに委員会の仕事をこなし

時間があれば放送室で私の相手をしてくれていた⋯

それは先輩が卒業するまで続いた

「先輩⋯どんだけスーパーマンなのよ⋯」



そう⋯本当に心から

先輩の幸せを願っていたんです

なのに⋯


先輩は20代前半で

バイク事故をおこし……

永遠に会うことも

電話で声を聞くこともできなくなってしまった⋯


そして先輩の訃報を知らされたのは

先輩が亡くなってから2年ほど後のことだった


友人からの電話に出た途端

『先輩亡くなったらしいよ…あんたが葬式に来ていないから、

参列した同級生達が

「あんなに仲良かったのに…あの子なんで来ていないの?」

って不思議に思っていたらしいよ……』


私は先輩との最後の電話の後、引っ越しており

家の電話番号が変わっていた……

そして新しい電話番号を先輩に伝えていなかった

訃報の連絡が来るはずもなかった……


友人からの連絡で先輩が亡くなっていた事を知った時

私は不思議と【やっぱりな……】そう思ってしまった

どうして…そう思ったんだろう……

涙はでなかった…


なんとなく私には遅れて連絡が来るようになっていたのかもしれない……

そう思い納得してしまった



それから何年も経った今…ここにいる


「先輩⋯私やっとこの場所にこれました⋯ここに来ようとすると苦しくて今まで来れなかったの……あの夜先輩にもらった帽子⋯ほら見て⋯今も不思議と色褪せる事もないんです。ちゃんと大切にしていますよ⋯形見になっちゃったね先輩⋯」

あの夜に撮らせてもらった優しい目をして私を見つめる先輩の写真に

私はそう話しかける



毎年お盆の時期になると

先輩は夢の中に出てきてくれた

どんな会話をしたのかは夢の中なので忘れてしまうけれど

先輩があちらの世界から励ましてくれているようで嬉しかった


でも最近は…先輩は夢に出てこない…

「私⋯先輩にそれだけ心配されていたんですか?…最後の電話気になっていたんですか?………今はもう大丈夫だと思ってもらえてるのかな?それともお葬式に行かなかったから?……いつか私もそちらに行った時⋯教えてくださいね」




「先輩⋯⋯」

涙が次々とあふれて止まらなくなる⋯

先輩が亡くなってから…今…この時初めて…先輩を想って涙が流れる


「先輩⋯私⋯胸が気持ちで溢れて「好き」と口に出すことが出来なかったのは⋯先輩ただ一人だけでした⋯付き合った人はそれなりにいたんですけどね⋯どうして先輩だけ⋯」


瞬間⋯私にとって最愛の人が今でも…先輩だということに⋯今更気づいてしまった⋯もう会えない⋯声を聞くこともできないのに⋯


「……今なら言えたかな?…」

そうして想像してみた


「ねぇ先輩…私の最愛の人は…どうやら先輩みたいです…」


きっと先輩は一瞬だけ驚いた顔をする…

その後すぐにおどけたように…こう言うのよね


「ははっ…それは光栄だ…ありがとう……だが残念…お前の相手は俺じゃない」

先輩は優しく頭をポンポンと2回叩くだろう…昔のように…


そして私はこう答える


「知ってますよ〜〜〜」


少し剥れてプイッと一度顔を背けて…また先輩を見るの


そして数秒だけ先輩と見つめ合って


一瞬の沈黙の後に……二人で吹き出して…一緒に声を上げて笑う



ふふっ……今でも簡単に想像がつく…

先輩が今ここで隣にいても

私と先輩の関係性は変わらないから……


だから……先輩……

「先輩⋯私は大丈夫です⋯ちゃんと生きていきます!先輩ありがとうございました⋯これからもずっと大好きですよ⋯私は先輩という人に出会えて幸せなんですから!」


そう⋯先輩のような人に出会えたことは⋯とても幸運なこと⋯

そう思ってこれからも

この大切な思い出を胸に抱いて

自分なりに生きていこう⋯


女性は立ち上がり

「ここに⋯あの夜先輩は座っていた」

少しの間その場所を見つめた後

顔を上げ前を向きその場から

立ち去っていった⋯



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