残夏
暖かさはまだ残る初秋の夜。葉もまだ緑で秋というには気が早く、まだ夏というには日が落ちるのが早い。
辺りはすっかり薄暗くなっている公園に人は集まらないものだが、男がベンチで何かを持つように座り煙草を吸っていた。
「今は公園の煙草は駄目ですよ」
男は口から煙草を離し見上げた。女が微笑みながら声をかけた。
「別に良いだろ。子どもいないし」
「私は未成年だけど」
「ああ、そう」
男が丸め足元に落とした煙草を女性は拾い上げた。
「おじさん、いつもここに居ますね。吸う場所が無いからという事情ですか?」
「ヘビースモーカーとは違ってね。煙草を吸う場所を選んでるんだ。ロマンが必要でね」
「ロマンって…ふっはははっ」
女は呆れたが混じったように笑った。
「ロマンって…おじさん変な人だね。あ、良い意味でだよ」
「…面白がれるのは結構だが吸うのは辞めたんだ、帰ったらどうだ。こんな時間で1人公園にくるお前さんも変わってるだろ」
帰ったら、この単語が出た時から笑いが止まっていた。人をからかうような表情がしおらしくなる。
「…あのね、こんな事初めて会う人に言う事じゃないのはわかってるんだけど…」
「彼氏との待ち合わせ…じゃないか。昼間に無くした彼氏からペンダントを一緒にさがして欲しいとか」
「彼氏とか居ないから…」
表情を変えない。顔が徐々に下を向き、よく見ると手も震えているように見える。
「…私ね帰る場所無いんだ…。だからその…」
「…」
「本当は怖いんだけどさ…泊めてほしい」
「85点」
「えっ」
男は胸から何か取り出した。それを見えるようにライターを付ける。
札束だった。額はわからないが太さから相当な金額だとは女性からも感じ取れる
「お前さん実は帰る家もちゃんとあるし下心が無いように見えて下心だらけだし今日会ったのも偶然じゃない。本当はこのまま俺の家に入り込んで上手く卑猥なスキャンダルか既成事実でも作ってこのお金を貰うつもりだったんだろ」
「…私のことどこまで知ってるの?」
今までとは声のトーンが違う。手の震えも無くなっていた
「演劇団に所属してることと借金をしてお金に困ってる事、あと未成年じゃないし彼氏もいる。今日話したことで嘘言ってないのは路上煙草法だけ。その程度」
「おじさんストーカー?その程度って十分気持ち悪いんだけど」
「情報周りは良いだけだよ。金を持つ立場になると色々とね」
女は観念したように溜息をついた。
「はぁ…で、その85点というのは私の身体の事?売れって事?お金をチラつかせるってそういうことだよね」
「5点」
「あぁ、どういうこと?さっきから」
男は目を強めて立ち上がった。威光があり女はちょっとたじろいだ。
「勘違いしているな。そんな裏をもった君が帰る場所を無くしたか弱い女子高生を演じた演技力に85点と言ったんだ。君の身体に何の価値も見出していない」
「ああ、そう。そういうこと」
女は苛立つように返した。
「おじさんが何なのか知らないけど、変態ストーカーのクセにその全て上からみたいなのムカつくし、萎えちゃった。もういいよ、バイバイストーカーおしさん」
「欲しくないのか。金」
札束を見せびらかす。だがその行為がさらに女の機嫌を損ねた。
「だからその金で見下す余裕がムカつくって…」
「『演技とは、想像上の状況下で真実のように振る舞うことだ』」
「…は、何?」
「知らないのか?サンフィード・オイズナーの」
「サンフォード・マイズナーだ。何も知らない奴がその言葉を言うな」
静かだった公園に怒声が響渡った。
「…悪かった。そんなに好きなんだろ演劇。」
「…だから何」
「それを続ける為に必要なんでしょ?お金」
「…」
少し沈黙が流れた。時計の針は24:00を過ぎていた。
「実は僕は君の演技ファンだったんだ。だから君が最初みたいに何も知らないただの家出少女を演じきってくれるのならこれを渡したいと思って」
「何それ、そういう趣味なの?」
「頭のおかしい趣味はなのは否定しないが、偶々舞台に合ってただけさ。君の演技にはそれだけの価値がある」
女は男を一瞥すると服を直した。
「じゃあ怖いのでおじさんの家まで送ってね。あと私の前では煙草吸うの禁止」
「はいはい、事情は聞かないでやるけど付き合ってやるのは今晩だけだぞ。どこに好きな劇団員の素性を調べ上げるような変態がいるかわからないんだから」
「わかってますよ。あと…言ってきますけど私彼氏居ないのは本当ですから。最近別れました」
「あ、そうなの。じゃあ言うけど俺まだ29歳でおじさんと言われる歳じゃないんだけど」
「え…、え?嘘でしょ。どう見ても30代…いや40代のおじさん…」
彼女は今日1番驚いた顔をして公園から去っていった