第8話 意思表明
翌朝になった。
夜が明けてしまった。
眠い。
すごく眠い。
理由は単純である。
寝れなかったのだ。
なぜ寝れなかったのか。
寝れるわけねえだろうが!!!!!!!
「君は、私が守る」
「君は、私を超える男だ」
「私より先に死なれては、私が困ってしまう」
昨晩のアーシャの言葉が未だに頭の中を反響している気がする。
目もこっちにじっと向けちゃってさあ!!!!!
そして手でぎゅっと握ってくれちゃってさあ!!!
男の子の!
少年の気持ちというものをもっとさあ!
こうさあ!!!
「アルフレッド、起きてるか」
はいいいいいいい!!!!!!」
ドア向こうから声をかけられて、僕は文字通り跳び上がっていた。
「今日の鍛錬は悪いが無しだ。旅の準備は私が整えておくから、君は村の人への挨拶と装備を見繕ってもらってきなさい」
「わ、わかった!!」
あまりにもいつも通りで、平常なアーシャの声で、僕自身もだんだん冷静になってきた。
しかしそう興奮がおさまってくるとなると、単純に眠気が大変な事になってきた。
正直今からでも寝たいけど、今日で色々やらないといけないのも事実だ。
とりあえず、井戸で水をぶっかけて無理矢理にでも目を覚まさせるしかなさそうだ。
そう思い、僕は寝巻きのまま一旦部屋を出る事にした。
で、なんで
「なんで父さんもそんなに眠たそうにしてるんだよ」
眠気まなこでふらふらと家を出て井戸のところに向かった僕は同じように目を擦りながら井戸の桶を引っ張り上げてる父さんを発見したのである。
昨日は夕飯の後、さっさと自分の部屋に閉じこもっていたじゃないか。
流石にあの後すぐに寝たなんて事はないにしても夜通し一体何を…
「いや、なんだ。その…、本当にお前たちなんの関係にもなってないのか?」
「…」
「…」
「…見た?」
「見えた」
「聞いた?」
「聞こえた」
「どこから?!」
「アーシャが帰ってきたとこから」
「どこまで?!」
「お前が固まって呻き声を出すだけになるまで」
「全部じゃん!!」
「壁も扉もそんな分厚くないからなぁウチ」
うぉああああああああああ!!!!!!!
「やめろアルフレッド!!井戸は色々洒落にならん!!!」
離してええええええ!!!!!!!
穴に隠れさせてえええええ!!!!
そんなこんなのすったもんだがあって、僕は頭から井戸水をぶっかけられてずぶ濡れになり、文字通り頭が冷えた事で少し冷静になった。
まあ同じ家の中であんな事してて見られて無い方がおかしいのである。
でも…
「全部見てたって事は、もしかして」
「ああ、聞かせてもらったよ。あの時アーシャが説明していた事は全部都合のいい方の想像だって事も」
だよね。
むしろあの時話していた事のうち、内容のメインだったのはその辺だ。
「心配?」
「もちろん」
「行かないでほしい?」
「もうしばらくの間ぐらいは」
その言葉ですら、父さんが葛藤して捻り出してる事ぐらいは簡単に見て取れた。
母さんは僕が生まれてからしばらくして亡くなったらしい。流行り病だったそうだ。
そこからは村の人の助けはあったとはいえ、基本的には男手一つで僕を育ててきてくれていた。
当然、僕が家を出たならば、あの家で暮らすのは父さん一人になってしまう。
無論、父さんは親であると同時にこのローサンヒルの村長だ。
僕が成人すれば、村の一員として必要に応じて村の外に出て色々する事も増えていた事だろう。
でも、それはもう少し先の話となるはずだったし、今回の「義勇兵」も領主様が突然思いついたみたいに急にきた知らせだ。
「アルフレッド。本当に考え直す気はないか?色々大変で面倒とはいえ、村人から3-4人見繕って納得してもらう事自体はどうとでもやりようはあるんだ。人員を節約するためにお前が無理をする必要はないんだよ」
これは嘘ではないのだろう。今の領主様が来たのは最近の事ではあるけれども、それ以前の時から総督府の偉い人から急にあれやれこれくれと催促がくることは珍しくなかった。
父さんは爺ちゃんから村長の職を受け継いでから10年ぐらいの間、なんだかんだで上手くやってきていた。
今回もこの程度であれば不可能ではないんだろう。
でもね。
「行くよ。行かせてほしい」
「どっちにせよお前が望んでるような「冒険」はなさそうだぞ?」
「それならそれで予行練習になる」
「人質として牢屋に囚われたり、もしかすると本当に戦いに駆り出されるかもしれないぞ?」
「その時はいっそアーシャに頼るよ。あそこまで言ってくれたんだし」
「そこで即座に他人に頼るかねお前は」
「長は人を使うのが仕事だーってよく言ってるじゃん」
「相変わらず要所要所で記憶力がいいなお前は」
そう言うと父さんは頭を軽く掻いた。
「後からこっそり勝手について行かれるのが一番困る。5-6人も人手が急になくなったらいよいよ本当にやっていけん」
「増え幅が2人になってない?」
「お前が抜けたら絶対アーシャも出て行くだろ」
あそこまで言ってもらって、実際はほっぽり出されたら割と立ち直れないかもしれない。
「アーシャが村から離れるのも正直痛いが、まあしょうがない。男手の頭数が減る方が大変なのは確かだ」
「じゃ、じゃあ!」
「領主様からの呼び出しはお前に任せる」
や、やった!!
「わかった!」
「お前はこのローサンヒル村の代表として、この村の看板を背負って出ていくんだ。勝手な事はするんじゃないぞ」
「うん!」
「必ず、絶対元気に帰ってきてくれよ」
「はい!」
「デカい男になるまで帰ってくるんじゃ…、いやこれこのパターンで使うやつじゃないな」
「うん?」
「ところでアルフレッド、お前はいつ男になr」
僕は父に冷えた地下水を頭からぶっかけた。
「…で、なんでこんな早朝から二人とも濡れ鼠なんですか」
「まあ…」
「色々ありまして…」
井戸でのやり取りを経てぐしょ濡れになった僕たちが家に入ると、そこには昨日の残りを火にかけて温めているアーシャがいた。
アーシャの淡々とした聞き方はいつも通りだけど、今それをされるとなんか怒られてる気分になるんだけれども。
「エドワードさん、あなた幾つですか」
「35です…」
悪ガキ2号、いや1号?も僕の横でしゅんとしている。
「まったく、朝方はまだまだ冷えるんですから体調を崩さないうちに早く着替えてください。昨日のスープを温めておきますから、それが済んだら朝食にしましょう」
お母さんかな?
「しかし、安心しました。これで心置きなく明日の出立を迎えられそうですね」
こっちでも見られてましたか?!
「…聞こえてた?」
「「壁も戸もあまり分厚くない」んじゃありませんでしたか?居候の身でこれを言うのは恐縮ですが」
ばっちりしっかり聞かれてら。
「うお…、ご…、こ、これ自分もされると結構堪えるな…、い、いやそれは置いておいて、だ」
父さんはゲホンと咳払いをして無理矢理空気を変えようとした後
「アーシャさん。アーシャ・ライルさん。息子を、よろしくお願いします」と頭を下げた。
輿入れでもするんですかね僕。
「任されました。ご子息の、アルフレッドの安全は必ず保証します」
昨日の今日で連続だから流石に少しは慣れたけど本当にこの人はさあ!
そして父さんは改めてお願いしますと言った後、くしゃみをしながら着替えに戻った。
そして僕たち2人が残された。
僕も早く着替えたかったけど、ちょっと気になる事があったのだ。
「ねえアーシャ」
「なんだ」
改めて聞いてみると僕と父さんとで対応が全然違いますねあなた。まあいいけど。
「もしさ、父さんが「絶対行くな!」って言ってたらどうする気だった?」
「あくまで君が望めばの話だが、君を拉致してでもレギ・ペトラに連れて行った」
「アーシャが言うと冗談に聞こえないんだけど?!」
「安心しろアルフレッド」
よかった流石に大袈裟な…
「私は意図して真実を語らない事はあっても、敵以外に嘘はつかん」
安心できる要素どこ?!!!!!




