第7話 弄ばれるオトコノコゴコロ
あの後、結局夕食は父さんとすます事になった。
妙な沈黙が流れて若干気まずい空間を共にしながら、アーシャが貰ってきたハーブと野菜で作ったスープにパンを浸して食べた。
夕食後、父さんは早々に自分の部屋に戻っている。
アーシャ曰くあの「義勇軍」はそんな危険なものではなさそうだし、そこまで長期に村を離れる事もなさそうだけれども、少しの間だけだとしても生まれて初めて父さんと離れ離れになるのだから、もう少し何かしら話すべきだったような気がする。
まあ、出立は明後日だという事だし、明日色々話せば間に合うだろう。たぶん。
…物語でよくある展開として、こういう事言ってると、この夜に何か起こって後悔したりするはめになったりするけど大丈夫だよね…?
と、そんなこんなを悶々と考えているところにアーシャが帰ってきた。日中はともかく、日が暮れてしまってからとなれば少し肌寒く感じる風が部屋の中に入ってきた。
「なんだ、まだ起きていたのか」とアーシャが言った。
「明日は準備で忙しくなるぞ。早く体を休めておけ」
先ほど、父さんに色々話していた時とはうって変わって、いつもの言葉少なく、何を考えているのかよくわからないアーシャの姿がそこにあった。
「ねえ、アーシャ。さっき言ってた事って、本当?」
たまらず僕は聞いてしまった。
「さっきのどれの事だ」
「領主様は兵を集めていないとか、義勇軍の目的は訓練だとか、そういうやつ」
いちばん聞きたいのは「そういうやつ」の中身なんだけれども、ちょっとジャブを挟んでからでないと、まだちょっと聞く勇気が湧かない。
「ああそれか。さあな」
「さあって、あの」
ある意味想定通りなんだけど、なんかちょっと、うん。
むしろ、嘘でも本当だって言って欲しかったなあ。
「私はユストゥス総督ではないんだから、彼の思惑だなんてわかる訳がないだろう」
あ、そっち。
いやそうか、僕が聞いたのこっちだわ。
「じゃ、じゃああれ全部出まかせなの?!」
「推察だ」
あんなにペラッペラに色々喋っておいて、あれ思いつきだったの?!
「数字は嘘ではない。総督ユストゥスが彼の権限と意思で動かす事ができる兵力は4万ある。そして、この「義勇軍」で集める事ができる戦力がせいぜい1000なのも自然な計算だ」
「なんでそんなに詳しいのかは聞いちゃダメ?」
「勉強した。しかし、「なぜ義勇軍を結集するのか」については思いつく限り最も穏当な考えを提示した」
「じゃあ、やっぱりそれは嘘なの?」
「わからん。総督が本気で危機時の対応を模索しているなら、徴募兵の収容と訓練の計画を策定し、試験的に運用を行ってみる事はなんら不思議な行動ではない」
なんか言外に「絶対そんな事はない」と言いたそうな雰囲気を感じる。
というかさっきからちょいちょい思ってたんだけど、なんか、アーシャって領主様嫌ってない?
「まあ大方試金石だとは思うが、行けばある種の「人質」にはされるだろうな」
「ひっ、人質?」
「意外か?薄々勘付いているかと思ったが」
確かにアーシャの説明を聞いていた時にうっすら考えた事ではあるけれども!
「じゃ、じゃあ行ったら危ないって事じゃん!」
「違う、人質というのはだな。生きてなくては意味がないんだ。つまり人質を人質として運用する間は絶対殺される事はない」
む、むう。
そういうものなのか?
そうかもしれない。
「尤も、死なない程度には痛めつける事も多いし、状況が変わって人質としての需要がなくなったらあっさり処分されるものだが」
「ダメじゃん!!!!!」
いや、僕のわがままで義勇軍に行きたいだなんて言ったのに、無駄に父さんを心配させたいとは思ってないよ!!!
「安心しろ」
アーシャが僕の正面に立ち、僕の両の肩を両の手で軽く掴む。
そして、正面から、息がかかるぐらいの距離で、僕の目を見た。
「君は、私が守る」
あのさあ!!!!!!!!!!!!!
だからさあ!!!!!!!!!!!!
可愛い少年の純情をだなあ!!!!!
「君は、私を超える男だ」
なんでこうも小っ恥ずかしい事を顔色ひとつ変える事なくさらりと言ってのけるんですかねこのお姉さんは。
「私より先に死なれては、私が困ってしまう」
表情筋が石膏ででもできてんのかこの人は。
ちなみに頭の中では色々考えられてはいるが、僕の口からはイビキの出来損ないみたいな「が行」の音しか出ていなかった。
その後の事は正直よく覚えていない。
気がついたら、アーシャも既に自分の部屋に戻っており、僕一人が居間に残されていた。
確かに、アーシャが最初に言ったみたいに明日は準備で色々忙しいはずだ、いいかげん寝ないといけないかもしれない。
あ、「結局この「義勇軍」で僕は戦う事ができるのか」についても聞こうと思ってたの思い出した。
…明日にしとこう。