第5話 【求む勇者!!!】
僕がさっきかいた恥は全くのかき損になってしまった。
村に帰った僕は適当な野良仕事なんてしている場合ではなくなったのである。
「とっととととととっつぁん!!!!」
「いつの時代のどこの人間だお前は。とりあえず落ち着けアル」
「こっここここここれ!これなに!!」
家の扉を蹴飛ばす勢いで開けて僕は室内に転がりこんだ。
中には僕の父であるエドワード・ファーンがいた。
頭をかきながらパイプをぷかぷかとふかしている。何かしら悩みがある時の父さんの癖だ。
実の息子の奇行に呆れたわけじゃないならば、その悩みの種とはもちろん僕が今手に持ってるこの紙の事だろう。
そこにはこんな事が書かれていた。
求ム勇士!
近来、兇賊蜂起ス。
皇土ヲ蹂躙シ、民草ヲ塗炭ノ苦シミニ陥レル。
斯ノ凶状看過スベカラズ。
依ッテ、義勇ノ士ヲ広ク募ル。
賊徒征伐シ、以テ皇威ヲ示シ、万民ノ安寧ヲ護ラントス。
忠勇ナル者、我ガ下ニ参集セヨ!!
ぶっちゃけ何をどう言ってるのかほとんどわからないんだけれども、アーシャ曰く「賊を討伐するから兵を集めるので人よこせ」という事らしい。よく読めるね。
それでもこのよくわかんない文章に含まれている「勇士」「義勇」「忠勇」という文字がどういう意味かは僕だって知ってるし、この紙の隅っこに押されているスタンプにも見覚えがある。
レギ・ペトラの総督府のハンコだ。
「領主様のお触れだよ。お前たち2人が森に出かけてからしばらくしてだな、総督府のお役人さんが来てそれをいろんなとこに貼って行ったんだ」
「だ、誰が行くか決まってるの?!」
「それを今悩んでんだよ」
僕の家、ファーン家はローサンヒル村の村長を代々務めている。少なくとも父さんの爺ちゃんの時ぐらいからは村長をやってるらしい。
まあ、なぜ村長なのかというと「前からそうだから」程度の理由で、別に選ばれたわけでも、掴み取ったわけでもない。
村長といっても家の大きさは他所とそんなに変わらないし、畑の広さも同じぐらいだし、牛はトマスおじさんの方が多く持ってる。
むしろ、今みたいな領主からの命令を仲介したり、村人同士の揉め事を仲裁したり、村の行事には何かしらで絶対関わらないといけなかったりと面倒しかないと父さんはいつも愚痴っている。
僕も「村長の息子」だからといって何か得をした事はなかったような気がする。
あ、でも去年アーシャを介抱した後、とりあえずよそ者は村長の家でってなったからそこだけは役得なんだろうか。
「オルデンとこは半年前子供ができたばっかだし、モーラんとこは先月爺さんが死んだ。エクランは去年賦役で働きに行って貰ってるし、クレストのとこのカイルなら都合もついて条件も合うが一人じゃなあ…」
と指を折りながらぶつくさ呟きながら色々考えているようだ。
「不満と負担は均等に押し付けろ」がエドワード村長のモットーだといつか言っていた。
「そもそも、刈り入れの準備もしなきゃなんねえってのに3人も4人も男手持ってかれちゃやってられねえよマッタク。かと言って、ここで渋ったらどうせならば金出せだの飯よこせだの色々言われるに決まってんだよなぁ…」
結論は出ないまま愚痴モードに入りつつある。
僕は意を決した。
「父さん!」
「なんだ。急ぎじゃないなら後にしてくれ。今頭痛えんだ」
パイプの吸い口で頭を掻いてる。
「僕、志願する!!!」
父さんが固まった。
変な体勢で固まったから、手に持ったパイプが変な向きになっている。
あ、落ちた。
「熱っち!!!!!!!!!」
み、水!水!!!!
暫くして、少ししっとりとしたテーブルを挟んで僕と父さんが対峙した。
「アルフレッド、もう一度聞き直すぞ。お前なんて言った?」
「僕が義勇軍に志願する!」
「言葉増えてんじゃねえか」
これまた少し湿った父さんが頭を抱える。
パイプはそばのテーブルに置かれた。乾くまでは使えないだろう。
「いいかアルフレッド。これは遊びじゃなければお使いでもないんだ。そもそも、お前これに何が書いてあるのかわかってんのか?」
「盗賊いっぱいでやばいので兵士になる人集めます」
「よく読めたなお前。…アーシャか」
「まあ、うん」
ここで見栄張ってもしょうがない。
「わかってるならいいが、いや良くねえよ、兵士になるってどういう事かわかってんのか?死ぬかもしれないんだぞ!お前がよく読んでる絵巻物とは勝手が違うんだ!」
「何が違うって言うのさ!」
詭弁である。流石に僕だって現実で「玄王戦記」の英雄みたいな事がそうそうできない事ぐらいわかってる。というかさっき失敗した。
「何かって…何かだよ!」
でも、実のところ父さんが知る戦争も絵巻物のそれぐらいでしかない。父さんは産まれてこのかた、基本的にこの村の中でのみ暮らしてきたらしい。
そして、ほんの少し前まで続いていたらしい北のイェンリヒ王国との戦争も、結局このローサンヒルの辺りまで来る事はなかった。
つまり、父さんと僕の知識はぶっちゃけ大差ないのである!
「だいたいお前まだ14だろうが!せめて成人してからだろうこういうのって!」
「アーシャは9歳で戦場に出たと言ってるよ!」
「あの人を基準にするな!」
それは全くもってその通りです。はい。
「それにお前は俺の息子、村長の息子なんだぞ!」
「村長の息子だからって特別扱いしねえっていつも言ってるじゃん!去年の収穫祭の時大きいお肉くれなかったのまだ覚えてるからね!!」
「ぬ、ぐ、むむむ…。そういう事ばっかりよく覚えやがって!」
食い物の恨みは恐ろしいのである。
そう、さっきも言ったけどこの14年間、僕が「村長の息子」である事で得られた利益はあんまりない。他の家の子と同じように育てられ、同じように暮らしてきた。まあ、持ってるものも、得られるものも他人と大差ないんだから特別扱いしようがないんだけども。そして、僕もいずれは村長になって同じように…。
「うん?」
ふと、思いついた事があった。
「…どうした急に黙って」
「僕って父さんの息子で、村長の後継ぎなんだよね」
「ま、まあそうだが」
「領主様の役人って、いつも父さんのとこに直接来るよね」
「ま、まあ向こうに村の代表はここの家だって伝えてあるからな」
「ならさ。僕が「村長の息子」って看板背負ってお勤め果たせば、頭数がちょっと少なくてもいい感じに面子立つんじゃない?」
「は、ハァ!?」
父さんは完全に虚をつかれた顔をしている。
「馬鹿いうな。村長といっても所詮こっちが勝手に名乗ってるだけだぞ」
「でも、向こうは僕のとこがこのローサンヒルの代表だってわかってるんだよね?なら、あっちはちゃんと僕たちを「村の長」だと思ってるって事じゃん」
「いや、それはそうかもしれんが。でもだからって頭数少ないけど許してくれる訳なんて…」
「おそらく、アルフレッドの思う通りになると思いますよ」
その時、玄関口から凛とした声が響いた。