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第33話

 傭兵どもの背が、天幕の入り口から消えていく。


 見送りながら、私は息を整えた。


 順調だ。


 おおよそ、順調だ。


 血の匂いに満ちた天幕の中で、私はそう評価した。


 谷での戦い。


 即ち、初陣。


 廃村の攻囲。


 即ち、勝利。


 そして今夜。


 即ち、反転。


 第一幕第一楽章は、ほぼ想定通りに完了した。


 この義勇軍が生贄でしかないと判断した時に書いた絵は順調に完成しつつある。


 記憶にあるこの地域の収量推移とローサンヒルへの徴税負荷から、偶発的事象の一つで破綻する農村が発生する事は予見可能だった。


 即ち、「義勇軍」の目的である「賊」の内実には、流民が含まれる。


 まあ、想定よりは逃亡兵の数が多かったが。


 そもそも、ユストゥス・アルカンにとって、総督職とは叔父上と宰相が争う間だけの一時の腰掛けに過ぎない。


 奴に、長期的な統治の視座は無い。


 その、必要がない。


 然れば、結果はそうもなろう。


 だが、兵だ。


 組み込めれば、今後が多少は楽になる。

 


 ともあれ、賊に身を落とした農民を見繕って確保する事は、脚本の内だった。


 それがアルフレッドの知人そのものとなった事は偶然であり、不躾な闖入者が為に段階の幾つかを略する事となってしまってはいるのだが。


 しかし、あの心優しく無鉄砲な少年が、この「敵」の正体を知ればどう動くか。


 三年間、私は彼を見てきた。


 結果は最初からわかっていた。


 必ず、あの権威に向かい、立つ。


 そして、ウィレム・セバスティアンという男は、庶民の少年の義憤を前にして冷静でいられる筈が無い。


 自らの威を笑われた、と感じた時のあの種の人間の情動は、実に予測しやすい。


 暴発する。


 必ず、暴発する。


 その短慮によって。


 その時に、私は奴を処する大義名分と、自身の正体を明かす「不可抗力の舞台」が整う。


 次に、あの傭兵。


 奴は言った。


 この「反乱」をユストゥスに報告する、と。


 まず、奴は自身の価値を保つ為に女一人から逃げた事を認めるわけにはいかない。


 しかし、皇女が生きていたとも報告できない。


 報告すれば、奴は自身の口で、自らが「公史と異なる真実」と「現状」を知っているとユストゥス・アルカンに表明する事となる。


 だが、そこでハリー・ベックマンはユストゥス・アルカンの度量には期待できまい。


 そもそも、既にあの「試験」において、奴は私を隠匿している。


 結果、火種を見落とし、ウィレム・セバスティアンを死に至らしめたとなぞ報告できよう筈がない。


 あの傭兵隊長が、己を護り、毒杯を避け、失点を抑えながらに、事態の収束へと至る筋書きは、一つ。


 義勇軍の反乱。


 その主軸は、当然アルフレッドとなる。


 故に、「反乱軍首魁アルフレッド・ファーン」という主人公フレームは、ここに完成する。

 

 アルフレッド・ファーンは、もはや「帝国」に庇護される存在にあらず。


 これと対峙する存在へと変化した。


 即ち、秩序の城の外へと、出た。


 リヴァイアサンが踠き回る大地に、彼は駒として置かれた。


 否。


 駒ではない。


 王となる者として、立った。


 荒野にある者の末路は二つ。


 骸となるか、骸に立つか。


 その二つしか存在しない。


 アルフレッド。


 冠だ。


 この龍の頂にこそ、玉座は待つ。


 心の奥底に、震えを感じる。


 憎悪が、歓喜に昇華する震えだ。


 三年前、私の喪失を埋めた憎悪が。


 しかし。


 壇上に、一点の曇りがある。


 それも、私自身の手によってついた疵がある。


 私は床を見た。


 ウィレム・セバスティアンの屍がある。


 胴と、右腕。


 そして、首がそれぞれ別の場所に転がっている。


 ウィレム・セバスティアンの死。


 ここに、私の計画との齟齬がある。


 明確な、私のミスがある。


 あの男には、怒りと共に生き残ってもらう筈だった。


 多少は回る頭を憎悪に曇らせ、ハリー・ベックマンの上に被さりながら無理な攻勢を誘発させる。


 使い勝手の良い、怒れる犬となる筈だった。


 それが、死んでいる。


 本来、ここに残されるべきは剣を握る奴の腕だけである筈だった。


 刃を振り抜くその瞬間まで、そう設計していた。


 だが、事実としてこの首がここにある。


 何故か。


 私は、その問いに向き合う事を少しの間だけ避けた。


 しかし、避けても答えは動かない。


 あの瞬間、私の目に映っていたのはウィレム・セバスティアンではなかった。


 暴力に圧迫されるアルフレッドの姿だった。


 床に膝をつき、背を押さえられ、それでも声を上げなかったあの少年。


 だが、その肩には僅かながらも震えがあった。


 それを見た瞬間に、計算が、消えた。


 一瞬だった。

 

 ほんの、一瞬。


 その一瞬に、刃は首を刈っていた。


 …絆されている。


 またも、この言葉が浮かぶ。


 ここ一年の間で、私の心を澱ませ、浮かび始めたこの言葉が。


 私に、そのような心が残っているはずがない。


 私に、そのような想いが許されるはずがない。


 私がここにいる理由は、復讐。


 そして革命だ。


 それ以外の筈が無い。


 アルフレッドへの謝罪は、計画のミスへの謝罪だ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そうだ。


 その筈だ。


 篝火の音が外から聞こえる。


 天幕の布が、夜風に揺れる。


 背後で、アルフレッドの息が整いつつあるのがわかった。


 私は僅かに首を向け、その音を聞いていた。


 しばらくして、私は天幕の入り口に視線を戻した。


 ミスはミスだ。

 

 脚本の修正は必要になる。


 だが、アルフレッド・ファーン。


 君が、王になる。


 その終幕フィナーレは、変わらない。

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