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第29話

 また月が雲に隠れ、森の中は深い闇に包まれた。


 僕は動けなかった。


 アーシャの言葉が反響する。


 君は知るべきだ。この国を。この時代を。


 知ってどうしろって言うんだ。


「アルフレッド」


 アーシャの声がした。冷静な、普段通りの声音だ。


「まずは謝罪する。君にいきなりこの国の腐臭を叩きつけた事を。そして次に君の誤解を訂正する。先程までの君は確かに思い上がっていたかもしれない。しかし、今度は大きな思い違いをしている。今の君は無力感に…」


 アーシャが何かを言っている。


「アルフレッド」


 もう一度呼ばれ、はっと顔を上げる。


 声の調子が違ったからだ。


 アーシャは相変わらず無表情で立っていたけど、その視線は僕ではなく、森の奥、いや手前?つまり僕たちが通ってきた方向に向けられていた。


「…これ以上に、何かあるの?」


 かすれた声で尋ねる。

 アーシャは答えず、代わりに手のひらを軽く上げて「静かに」と合図をした。


 その時、僕にも聞こえた。


 ざっ、ざっ、パキボキと草や枝を踏む足音。複数だ。しかも、かなり近くまで来ている。


「もしかして、別の…」


 立ち上がろうとしたが、アーシャの手が僕の肩を押さえた。


「動くな」


 ささやくような声。しかし、そこには絶対的な命令が込められていた。


 足音が、すぐ近くで止まった。


「…ヒュウ。おやおや、これはこれは」


 茂みの向こうから、にやけた声が聞こえる。

 その声に聞き覚えがあった。

 確か、ハリーさんの部下の傭兵の一人だ。

 酒のせいか浮ついた声をしている。


「夜の闇に紛れて密会か? 若いねぇ、全く」


 別の声が続く。嘲笑混じりの、下卑た笑い声。


 茂みがざわつき、数人の男たちが姿を現した。

四人だ。

手には松明を持ち、腰には剣を帯びている。

全員、傭兵たちだった。


「ま、この美人姉さん相手に、若造が耐えられるハズもねえわな」


 一人がアーシャを見て、いやらしい笑い声を浮かべる。

 アーシャは相変わらず無表情だったが、その赤い瞳がわずかに細められた。


「で、あんたたち、そこで何を…」


 言葉が途中で止まった。


 松明の光が、縛られたロウエルの姿を照らし出したからだ。


「…なんだ、こりゃ」


 四人の傭兵たちの表情が一変する。

 にやけ笑いが消え、警戒の色が走った。


「賊の残党じゃねえか!」


「おいおい、なんでこんなところに…!」


 一人が半歩前に出て、アーシャを睨みつけた。


「縛り上げているのを見るに何かしら共謀しているって訳じゃ無さそうだが、なんだコイツは。何故コイツだけを別で、勝手に捕らえている」


「まさか、賊の金庫番か何かか?」


 問いただす傭兵達にアーシャは何も答えない。

 ただ、じっと相手を見つめている。


 その沈黙は、さらに彼らの反感を煽ったようだ。


「賊砦の隠し財宝を独り占めってか?こんな貧乏臭え奴らが溜め込んでるわけねえだろ」


 傭兵の目が、アーシャをじっと見つめる。松明の明かりが、彼女の銀の髪を照らし出していた。


 アーシャは動かない。微動だにしない。


 その異様なまでの静けさに、傭兵達は今度は気圧されたように言葉を失った。


 沈黙が、数秒続いた。


「…まあいい」


 最初の傭兵が、変に明るい声を出した。


「とにかく、こいつは俺たちが預かる。戦果は戦果だ。手柄の取り分は、後でベックマン隊長に決めてもらおうや」


 彼は手を振り、部下に合図した。

 二人の傭兵がロウエルさんに近づき、縄を掴んで引きずり起こす。


「やめろ! 彼は…!」


 咄嗟に叫ぼうとした瞬間、アーシャの手が再び僕の肩を強く引いた。

 痛いほどの力で、動くなと言外に告げている。


「あん?」


 傭兵がこっちを睨んだ。


「何か言いたげだな、坊主」


 僕は唇を噛みしめた。

 アーシャの手が、僕の肩を掴んだまま離さない。その力が、今はただ重く感じられた。


「まあいい。お前さんたちはせいぜい楽しみあえよ?馬に蹴られる前に俺たちはこれでお先だ」


 傭兵たちはロウエルさんを連れて、森の中へ消えていった。


 松明の明かりが遠ざかり、足音がかすかになる。やがて、すべてが静寂に戻った。


 残されたのは、僕とアーシャだけだった。


 月が再び雲の間から顔を出し、淡い光が空き地を照らす。ロウエルさんのいた場所には、踏み荒らされた草と、水筒から水が溢れた跡が残っているだけだった。


「…なんで、止めたの」


 僕の声は、震えていた。


 アーシャは答えない。


「どうして! 今なら、今なら、まだ追いかけられる! あいつらを…!」


「追いかけてどうする」


 アーシャの声は、冷たかった。


「…ど、どうするって…!」


「彼を奪い返すのか? そのために、今ここで傭兵と戦うのか? そして、何になる」


 言葉を失った。


「彼は既に捕虜として認識された。今、奪い返せば、君は明確な「反逆者」だ。それでも構わないのか?」


「でも!」


「でも、ではない」


 アーシャが初めて、強い口調で僕の言葉を遮った。


「あの4人を斬れば、次は8人、そして16人と増える。そして、奴らを排除したところでロウエル・ストーンの生命は保証されない。だが、捕虜であるならば、少なくとも処罰が決するまで彼は生きる」


 その言葉が、胸に深く突き刺さった。


 アーシャの手が、やっと肩から離れた。

 彼女は静かに、ロウエルさんが連れ去られた方角を見つめている。


「この結果は、君が決めたわけではない。君の目の前で、決まっただけだ」


 言葉の意味を、僕は理解できなかった。


 アーシャはそれ以上何も言わなかった。


 始めに彼女が何か言おうとしていた事なんて、僕はとうに忘れていた。

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