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第28話

 月が再び雲の間から顔を出した。


 淡い光が、座らされた男の姿を照らし出す。その汚れた顔、くぼんだ目、無精ひげの生えた顔。

 ぱっと見の印象はかなり違うけど間違いない。


 ベナン村の村長、ロウエル・ストーンだ。


「ろ、ロウエル…さん…」


 僕の声はかすれていた。


 男、つまりロウエルさんが、ゆっくりと顔を上げた。縛られたままの身体をわずかに動かし、僕を見る。

 その目に、かすかな光が宿った。


「……アル…ッドくん……?ロー…エドワードの……」


 猿ぐつわのせいで言葉は不明瞭だったが、確かにアルフレッドって呼んだ。


「アーシャ、これは……どういう……」


 振り返ると、アーシャは依然として無表情で立っている。その赤い瞳は、ロウエルさんではなく、僕を見つめていた。


「話を聞け。焦る必要は無い」


 短い命令。


 アーシャはロウエルさんに歩み寄り、猿ぐつわを外した。


「がはっ……! げほっ、げほっ……」


 彼は激しく咳き込んだ。長い間、口を塞がれていたのだろう。その姿に、胸の奥が締め付けられる思いがした。


「水を」


 アーシャに言われ、自分の水筒を差し出した。彼はそれを受け取り、何度も喉を鳴らして飲む。

喉が渇いていると言うよりは物凄く緊張して色々と強張っている様子だった。


「……すまんな」


 水を飲んで少し落ち着いたらしいロウエルさんが、かすれた声で言った。彼の目は、まっすぐにこちらを見ている。


「驚ろかせたかな。俺が『賊』だったなんてな」


 僕は言葉を失ったまま、ただうなずくことしかできなかった。


「……どうして。あなたが、ここに、どうして賊なんかに」


 やっとの思いで絞り出した問い。


 ロウエルさんは一度、深く息を吸った。そして、ゆっくりと語り始めた。


「覚えているか? 去年の冬のことだ」


 去年の冬。物凄い寒さだった。雪は深く、春も遅かった。


「あの冬、俺の村は文字通り獣に喰われた。山から餌を求めて下りてきた猪の群れに、苗の半分以上を荒らされ、貯蔵庫にまで入られた」


 ローサンヒルでも多少の獣害はあったが、対処が上手くいき大きな被害にはならなかった。

…アーシャが3頭ぐらい熊を斬り倒していたっけか。


「春になっても、状況は変わらなかった。種を蒔いても、芽が出る前に喰われる。罠を仕掛けても、追いつかない。必死で守ったが、あの時で既に、収穫は例年の三分の一程度しか見込めなかった」


 ロウエルの声は、次第に熱を帯びてきた。しかし、それは怒りではなく、深い疲れと諦念の混ざったものだった。


「それでも、総督府の徴税は変わらなかった。いや、むしろ増えたぐらいだ。「今年は豊作になる年だ」ってな。俺たちがいくら訴えても、役人の答えは変わらなかった。「村長は村をまとめて、税を納める義務がある」「獣害は貴様らの管理不足だ」」


 父さんが同じような愚痴をこぼしていたのを思い出す。

しかし、それは「面倒だ」という程度のものだった。まさか、村が一つ潰れるほどの事態になっているなんて…。


「秋で、もう限界だった。蓄えは底をつき、すでに個々の縁を頼って村から逃げ出していた者もいた。他所、例えば君の村に物資を頼っても、来年以降それを返すだけの力すらもう残っていなかった。俺は決断した。残された者を集めて、村を捨てるってな」


 村を捨てる。

 それは、僕にとって想像を絶することだった。

 ローサンヒル村がなくなる? 自分が育った場所を、すべて捨てる?


「俺たちは、逃げた。夜中に、こっそりとな。家も、畑も、痩せた家畜を全部肉にしてその髄までを啜って。何もかも捨てて。命だけは助かると思ったからだ」


 おじさんの目に、涙が浮かんでいた。


「だが、どこへ行けばいい? 結局、俺たちはただの農民だ。そして村をやっていくには少なすぎても、居候するには多すぎた。他の村に行けば厄介者。街に行っても行き場はない。さまよっているうちに、他の同じような連中と出会い、…いつの間にか「賊」になっていたってわけだ」


 賊は、略奪のために存在するのではない。


 生きるために、そうするしかなかったのだ。


「初めは抵抗があった。俺たちは善良な農民だったんだ。人様のものを奪うなんて、できるはずがなかった。だが、マーティンさんが、ああ俺らのトップ、いや賊の頭とでも言うべきか、ともあれ彼がこう提案したんだ。総督府の隊だけを襲うってな。後は、まあわかるだろう」


 ロウエルさんは言葉を切った。両手で顔を覆い、肩を震わせる。


 もう、立っていることすら辛かった。


 あの時の、廃村正面での、賊の必死の抵抗。


 彼らは、守っていたのだ。

 

 自分たちの家族を。


 命をつなぐ最後の砦を。


「僕、は……」


 視界が下がる。

 膝から、力が抜けていた。


 自分は何をしていた?


 英雄になるために戦った? 隊を守るために戦った?


 その向こう側に、こんな真実があったとは知らずに。


「アルフレッド」


 アーシャの声がした。振り返ると、彼女は変わらぬ無表情で立っている。


「知るべき事はわかったか」


 それが、彼女の説明だった。


 彼女は、この真実を僕に突きつけるために、僕を、ここに連れてきていたんだ。


「なぜ…、なぜ今なの」


 僕の声は震えていた。


「なんで今になって教えるの!どうせ元からわかっていたんでしょう?!一昨日ここまで言われたら僕だって…!」


「あの晩に逃げていた。ここに来なくて済んでいた、か?」


「…そ、そんな言い方!」


「そして義勇軍は使い潰された。その後、彼も討ち取られていたかもしれない。攻囲戦の最中に彼を発見し、確保に至った事は偶然でしかないのだから。また、彼らが昨日輸送隊を襲撃したのは紛れもない事実だ。その際、君が不要な手心を考えれば、君の安全を保証できない」


「…っ!」


「アルフレッド」


押し黙る僕にアーシャが重ねる。


「荒療治なのは認める。勝利の高揚を否定するつもりも無い。生存は事実だ」


「なら、なんで…!」


「君は、総督府の、そしてウィレム・セバスティアン如きの虚構の上に立つべきではない」


「べきって…、アーシャは一体僕をどうしたいの?!」


「最初に言った」


「まず、君は知るべきだ。この国を。この時代を」


 意味がわからない。

 でも、言葉が出なかった。


 静寂が、辺りを包んだ。


 月が、また隠れようとしていた。

 森の中も、急速に闇に覆われていく。


 心の中まで、同じように暗くなっていくのを感じた。


 でも、闇の中で、かすかに光るものがあった。


 アーシャからもらった短刀の、銀の装飾だった。


 僕は、何のためにこれを握ったんだろう。


 わかる筈もなかった。

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