第27話
今、僕は森の中を歩かされていた。
一応月は出てるけど、夜の森はほぼほぼ真っ暗と言って間違いでは無い。
けど、松明も無しにどんどんと歩かされる。
僕の腕を掴み先導するのは言うまでもなくアーシャだ。
何が見えてると言うかどうやって周りを把握してるんだこの人は。
少し前、いつのまにかアーシャが僕の背後にいた。
そしてただ一言
「…来い」
とだけ言って僕を野営地から連れ出した。
「アーシャ……?」
「いいから、来い」
突然の事に驚いた僕が声を上げると、やはりそれだけで返された。
そして今は草木をかき分けるようにして森の中を歩かされていると言う流れである。
できるかどうかは別として僕が抵抗しなかった理由は一つ。
彼女の声が、今まで聞いたこともないような硬い声だったと言う事だ。
…もしかして、緊張、してる?
でも…、何に?
アーシャは無言で歩き続ける。
どれくらい歩いただろう。
宴の喧騒は完全に消え、虫の声さえ聞こえない静寂が僕たちを包んでいた。
やがて、アーシャが足を止めた。
そこは、森の中の小さな空き地だった。
小さな焚き火が焚かれ、夜に慣れた目に少し眩しかった。
「アーシャ、ここは…?」
尋ねかけて、言葉を失った。
アーシャがフードを脱いだ。
月明かりに銀の髪が煌めく。
その赤い瞳が、まっすぐにこっちを見つめている。
彼女は何も言わない。ただ、じっと僕を見つめている。
その視線の重さに、つい息を呑んだ。
「……あの」
「見ろ」
アーシャが口を開いた。
その声は、いつもの冷静なもののようで、どこか違う響きがあるように思えた。
「君は、知るべきだ」
そう言って彼女が少し横にズレると、大きめの木があった。
木の根元に、ひとりの男が座らされていた事に気がついた。
両手を縛られ、口には猿ぐつわを噛まされている。粗末な衣服は血と泥に汚れ、顔には疲労の色が濃い。
賊の一人だ。
「なっ…!」
僕は反射的に腰の短刀に手を伸ばした。
しかし、次の瞬間にはその手をアーシャに掴まれていた。
「待て」
「でも、こいつは敵…!」
「まずは、見ろ。彼は拘束に同意している。危険は無い」
アーシャの声は静かだったが、そこには有無を言わせぬ力があった。
言われた通りに、もう一度男を見た。
月と小さな火種の光が、わずかに男の顔を照らす。
その瞬間、背筋が凍るような気がした。
「……え?」
息ができなかった。
その顔を、僕は知っていた。
村で、何度か祭りの時に顔を合わせたことがある。
父さんと一緒に、あいさつを交わしたことだって…。
「ロウエル…さん?…」
声にならない声が、喉の奥から漏れる。
ロウエル。
ロウエル・ストーン。
ローサンヒルから一週間ほど歩いたところにあるベナン村の村長さん。
なぜ、その村長が、賊の、ここにいる?
なぜ、縛られている?
答えを求めてアーシャを見ると、彼女は変わらぬ無表情で、ただその光景を見つめていた。
月が雲に隠れ、一瞬、辺りが暗くなる。
この暗闇の中で、僕の世界は、音を立てて崩れ始めていた。




