第26話
焚き火の炎が、赤々と夜を照らしていた。
ボロボロになる前、おそらく村の広場だったところの瓦礫をどかして作られた即席の空間に、寄せ集めの長机と椅子が並べられている。
隅に除けられた割れた壺の欠片や、麻袋の残骸の間には、もう何本もの酒瓶が転がっていた。
皿代わりに使われているのは、放置されていた木の盆。
この「村」に元からあったものなのか、賊が持ち込んだものなのかはわからない。
中には少し冷めた焼き肉や、ウィレムさんの許可で開けられた、僕たちが運んでいた荷車に積まれていた保存食の樽から取り出した塩のきつい干し肉が盛られている。
皆が笑っていた。
大声で、酔ったように、はしゃぐように。
僕も、その輪の中にいた。
義勇軍の人たちは、ひとまず生き延びたことを祝って、もうずっと前から上機嫌だった。
ちょっとまで鍬や鋤を握っていて、出発直前の訓練でアーシャの訓練に阿鼻叫喚となっていた男たちが、今では一端の「戦士」みたいな顔をして、酒をあおりながら武勇伝を語っている。
「見たかよあのときの俺の槍さばき!」
「ええい嘘つけ、お前あの時ずっと腰抜かしてただろ!」
「でもアレだな……最後にはおれたち勝ったんだよなァ……ははっ!」
火の粉がぱちぱちと夜空に弾けるたび、誰かの笑い声が重なった。
その音が、まるで祝福の鐘みたいに響いていた。
僕は、椅子の背に肘をついて、その光景をぼんやりと眺めていた。
正直、悪くない気分だった。
いや、むしろ……嬉しかった。
ローサンヒルを出て、ほんの10日程度。
ちょっと前まではただの少年だった僕が、今こうして「隊長」として、大勢の中心に座っているなんて。
さっき、僕のことを「若大将」なんて呼んでくれた人もいた。
そう言われると、背筋がすっと伸びた。
……英雄って、こういう感じなのかな。
誰かに頼られて、誰かを守って、誰かの記憶に残る存在になるってこと。
でも、ふと視線をずらしたとき、木箱の端に立てかけかれた一本の剣に目が留まった。
赤黒い、乾いた血がこびりついている。
たぶん、賊の人のものだ。
名前は知らない。顔もわからないけど、確かに今日戦った「人」の物であるはずだった。
ふと、心の中にほんの小さな靄のようなものが、すうっと差し込んできた。
それが何なのか、まだはっきりとは言えない。
もしかしたら、この「宴」というもの自体に対してなのかもしれない。
さっきまで人を殺していた手で酒を注ぎ、倒れた敵の皿で肉を食うこの光景に、どこかで「え?」と首をかしげたくなるような感覚。
でも、みんな笑ってる。
生き延びた喜びで目を潤ませている人もいた。
泣きながら酒を飲んでいる人もいた。
そういうのを見ると…僕もまた、なにかを言う気にはなれなかった。
勝った。そして生き残った。
それでいいじゃないか。
遠くの机では、傭兵たちが豪快に飲んでいた。
一人が義勇兵の肩を組んで、酒を器にもりもりと注ぎ込んでいるのが見えた。
盃じゃないねあれ。スープ椀か何かだよあれ。
あ、そしてトビアスさんだ。持たされてるの。
遠目に見える彼の顔はちょっとだけ引きつっているように見えた。
訓練の時に真っ先にアーシャに投げ飛ばされた話といい、なんか妙に巡り合わせの悪い人なんだろうか。
ウィレムさんはここにはいなかった。
彼は少し離れたところで天幕を張り、ここまでの戦いの後始末や何やらをしているって話だった。
「…ちょっとだけ、得意になっても、いいん、だよね…?」
僕は、誰にも聞こえないように呟いていた。
ほんのささやきだったけど、焚き火のはぜる音と重なって、自分の耳にははっきりと届いた。
ほんの少しだけ。
英雄としての顔を、誇らしいと、思ってもいい、はず。
この時、僕はそう思っていた。
…僕は、勝ったのだから。




