第25話
廃村での攻囲戦が行われていた、まさにその時の事である。
戦場のはずれ、低木の茂みの生える小高い丘の上で、まったく別の光景が繰り広げられていた。
「ふむ風は南東、距離は…、2、いや300はあるか。よし、次は鉄軸の矢だ。よこせ」
ウィレム・セバスティアンが遠見筒を手に眼下に揺れる草原を見ながら呟いた。
もう片方の彼の手には、精巧な作りの弩が握られている。
繊細な彫りと細やかな貴金属で彩られたその武器は、戦場の道具ではなく、もはや工芸品の一種であった。
尤も、クランクでギリギリと巻かれた弦はこれ以上なく張り詰め、震えているのであったのだが。
彼は筒を側に控える傭兵に手渡すと代わりに矢を受け取り、弩を構え、撃った。
ヒュっとボルトが架台から飛び出し、草むらに突き刺さり、ギャアという声が響く。
丘の下、逃げ惑う人影が倒れる。
老婆だった。背負っていた小さな包みが地面に散らばり、中から干し芋が転がり出る。
「むぅ、弾道が少し垂れたか。足も悪くはないが、あの草の深いところで倒れられては面白くない。ふむ、よし、楔、いや木軸。折角だから軽撃と行きたいところだったが、流石に届かんな、あれは」
ウィレムは子供のように唇を尖らせ、隣に立つ傭兵に撃った弩を渡して替えと交換すると共に、新しい矢を要求した。
彼の周囲には、五人の傭兵が控えている。隊長のハリー・ベックマンもその一人だ。彼はこの光景を少し飽きた様子で眺めている。
彼の部下は別だったが。
「閣下!次はあの若いのはいかがでしょう。足の速いのは面白いかと」
「いや、向こうの爺いを狙うべきです。足腰立たなくて、這って逃げる様が滑稽ですから」
傭兵たちが好き勝手に囃し立てる。
ウィレムは機嫌よくそれに応じ、弩を構え直した。
「ふむ。よし、次はあの…」
彼の視線は崖下で蠢く草原に向けられている。
その背が伸びてはいながらも上方からは丸見えな草木の中には、廃村から逃げ出そうとする一団がいた。
年かさの男に手を引かれた幼い子供、そしてその後ろを必死で追う若い女。
「おや、家族連れか。これは良い獲物だ」
ウィレムの瞳が、愉悦に輝いた。
そして狙いを定め、彼が引き金を引こうとしたその瞬間、
「閣下」
彼の側近である傭兵隊長、ハリー・ベックマンが静かに口を挟んだ。
「賊の方が、そろそろ降伏する頃合いかと。戻られた方がよろしいのでは」
その言葉には、僅かに皮肉の色があった。
しかし、ウィレムは鼻で笑い飛ばす。
「今更固い事を言うものでないぞ、ベックマン。せっかくのチャンスをフイにしおって。見ろ、コイツらも楽しんでおるのに」
ウィレムは後ろの傭兵たちを顎で示し、ベックマンがそちらを向く。
彼らは上司の視線に若干気まずそうに目を逸らしたが、否定はしなかった。
「それに、だ」
ウィレムは声を潜め、眼科を指差し、含み笑いを漏らしながら続けた。
「あれは、賊だ」と。
ハリーは何も言わなかった。
「俺たちは勇敢に賊を討伐しただけだ。違うか?」
そして、ただただ、沈黙で返す。
それが彼の答えだった。
配下の納得にウィレムは満足そうにうなずき、再び弩を構えた。狙うは、必死に走る若い女の背中。
風が吹いた。
ひゅうっ。
引き金が引かれ、矢が放たれる。鋭い空気の裂ける音。
女が倒れた。
子供が悲鳴を上げる。年かさの男が振り返り、女に駆け寄ろうとするが、そこで二の矢が彼の肩を貫いた。
「おお、ナイスショット!」
傭兵の一人が称賛し、ウィレムは会心の笑みを浮かべ、撃った後の弩を渡して三の矢を装填させようとする。
しかし、その時だった。
遠くから、角笛の音が響いた。
戦の決着、賊の降伏。
即ち、「討伐の終了」を知らせる音だ。
「ちっ、終わったか」
その「時間切れの合図」にウィレムは明らかに不満そうに弩を下ろした。
しかし、すぐに表情を引き締め、優雅な仕草で衣服の埃を払う。
「さて、存外に生き残った「勇士」達に、若き「英雄」殿の表彰だな。ベックマン、俺の服に砂はついていないな?」
「…問題ないかと」
「では、始末は頼むぞ」
「⋯了解しました」
傭兵の声音は、微かに疲れていた。




