第24話
夜が明けた。
かすかに白み始めた空の下、僕たちはハリーさんの指示で隊伍を整えていた。
昨日の戦闘で負傷した者たちは後方に残り、残った義勇軍はおよそ40名。傭兵隊と合わせて120名ほどの集団が、賊の根拠地へと向かう。
「アルフレッドくん、いや隊長、顔色が悪いぞ」
トビアスさんが心配そうに覗き込む。確かに、ほとんど眠れなかった。目を閉じるたびに、昨日の投石の音や悲鳴が蘇る。
「大丈夫…、ちょっと緊張してるだけ」
そう答えるのが精一杯だった。
前夜、簡単なハリーさんからの連絡があった。
賊の根拠地は、この谷をさらに奥へ進んだ場所にある廃村だという。
塀や柵で簡易的な防御を施しており、数はおそらく70から80。
昨日の襲撃で8人程度が死に、何人かが逃げたとすると現在は50から60前後と推測されていた。
「輸送隊」にそれを伝える意味はわからない。
手伝えという事なんだろうけど、昨日の一戦で少しは「手伝える」と見なされたという事なんだろうか。
50対100。数の上では有利だ。
有利ではある。
質でも傭兵の人たちがいる以上こちらが勝ってるはずだ。
「進め!」
そして、ハリーさんの号令で、一行は動き出した。
谷を抜けて、林を三十分ほど進むと、視界が突然開けた。
そこには、廃村があった。
かつては十数戸ほどの集落だったのだろう。崩れかけた家屋が点在し、その周囲を粗末な丸太の柵が囲んでいる。ところどころに掘られた穴は、おそらく簡単な防御陣地だ。
賊たちがこちらに気づいた。
柵の向こうで慌ただしく動く影。
叫び声。
そして、甲高い笛の音とガンガンと金属を叩く音。
「囲め! 逃がすな!」
ハリーの声が響く。傭兵隊が左右に分かれ、村を包囲し始めた。
僕たち義勇軍は、正面から村に迫る役目だ。
つまり、一番目立つ場所。
「槍を構えろ!ゆっくりと前へ!」
叫びながら、自分の声が震えていないことを願う。
村の中から、賊たちが飛び出してきた。数は二十ほどか。
彼らは武器を手に、こちらへ向かってくる。
「止まれ! 構え!」
訓練通り、訓練通り。頭の中で繰り返す。
賊の先鋒が、槍衾にぶつかった。金属音。叫び声。血の匂い。
横に縦にの衝撃や力が槍の柄を通して僕の腕に伝わる。
戦闘は膠着し始めた。
ある意味では当たり前で、僕たちの足が止まっているからだ。
でも、賊たちは鬼気迫る勢いでこちらに向かってくる。
まるで、何かに追い立てられるように、何度でも立ち上がる。
おかしい。
一応こっちが攻め手で、向こうが守りのはずだ。
それなのに、彼らは自分たちからこっちに飛び込んで、正面から突破しようとしている。
一応囲まれているとはいえ、こんな真正面からしか逃げ出せないはずも無い。
まるで、自分たちがここに居ると目立たせるような…
「うわああああああ!!!!」
ガン!と穂先が斧で殴られる。
僕は慌てて槍を構え直した。
…考えるのは後だ。
今は、生き残るんだ。
戦闘は、傭兵隊が村の裏手から侵入したことであっけなく終わりを告げた。
前後を塞がれた賊たちは、もはや為す術がなかった。
武器を捨て、降伏する者。逃げようとして倒される者。そして、わずかばかりの者が林や荒地の奥へと消えた。
静けさが戻る。
僕は膝をつき、荒い息を整えた。
体中が痛い。
どこかで打ったのかもしれない。しかし、致命傷はない。
「隊長!」
トビアスさんが駆け寄ってくる。
彼も無事だ。
「勝った、勝ったぞ!」
終わった。
僕たちは、生き残って、勝利を掴んだんだ。
改めてそう思うと、身体の芯から熱が沸き上がる感覚があるような気がした。
これが「戦い」、なのか、な?……。
「やあやあやあ、小さな盟主殿」
その時、不意に背後から声がした。
振り返ると、鮮やかな青の外套をまとった男性が、口元に笑みを浮かべて立っていた。
ウィレムさんだった。
彼の履いている長靴はピカピカで、信じられないくらいに綺麗なままだった。
あちこちで煙が上がり、いろんな液体でぐずぐずに緩んだ地面に立っているはずなのに、泥も煤も全くついてないのはある意味すごい気がする。
そして、その目は鋭く僕を見つめていた。
「初陣を無傷で乗り越え、そしてこの戦果。よもや十四の子どもにここまでやられるとは、賊徒どもは想像すらしておるまい」
「……僕は、みんながいたから、勝てただけです」
気恥ずかしさか、どことない居心地の悪さで目を逸らしたけれど、ウィレムさんはそれを楽しむかのように微笑んだ。
「ははは!謙虚なお人だ!だが、謙虚も過ぎれば傲慢というもの!兵の話では3人の賊と指揮役の1人をその槍で討ち取ったという話ではありませんか!今夜の宴の主役はあなただ!英雄というものには、それなりの振る舞いが求められますぞ?」
英雄。
その言葉が胸の奥に刺さった。
僕が……英雄?
たしかに、僕はそうなりたいと思ってここに来た。
僕は、槍を振った。人を…刺した。
そして勝利に貢献した。仲間の命も守った。
でも、そんなことで……もう、英雄?
アーシャがここにいたら、なんて言っただろう。
「自惚れるな」と、一蹴されるのかもしれない。
というかどこ行ったんだろ。
でも…、僕は、勝った。
自分の足で立ち、自分の手で、勝ち取ったんだ。
そのことだけは、誰にも否定させたくない。
……だから。
今夜だけでも、ちょっとだけ、得意になってもいいんじゃないかな。
ほんの少しだけ。




