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第23話

 谷間に入ってすぐ、嫌な予感がした。


 妙に静かなのだ。

 鳥の声も、虫の音もない。

 風が谷を抜ける音だけが、ひゅうひゅうと不気味に響いている。


 僕は無意識に足を止め、周囲を見回した。左右には緩やかな斜面が広がり、所々に低木が生えている。

 見通しは悪くないが、逆に言えば隠れる場所も多い。


「どうかしたか?」


 後ろからトビアスさんが声をかける。


「あ……、いや何でもない。たぶん、気のせいかも」


 そう答えて歩き出そうとした瞬間、


「止まれッ!」


 後方から、アーシャの声が突き刺してきた。


 よく通るその声に、皆が反射的に立ち止まる。


 次の瞬間、ひゅっ、という空気を切る音が聞こえ、前方の地面に石ががらごろと転がった。


「なっ——!?」


 呆ける暇もなかった。


「敵襲ッ!!」


 再度のアーシャの叫びとほぼ同時に、斜面の上から無数の石やら枝やらが降りかかってきた。


 悲鳴が上がる。誰かが倒れる音。

 荷車に物がガンゴンと当たる鈍い音。

 一瞬にして、静寂は混沌へと変わった。


「荷駄を背に! 槍構え!」


 アーシャの声がまた響く。

 僕ははっと我に返り、叫んだ。


「みんな、荷車に集まれ! 槍を!」


 この時、自分でも驚くほどに声が出ていた。


 義勇軍の面々が、ちょっともたつきながらも動き始める。

 荷車を円陣の中心に据え、槍を外側に向けて構える。

 石がぶつかった何人かが倒れているが、なんとか内側に引っ張り込んで残りは何とか持ちこたえている。


「アルフレッドくん、前!」


 トビアスさんの声に顔を向けると、斜面の上から十数人の男たちが駆け下りてくるところだった。

 手には剣や槍、斧に棒など、武器は様々だ。


「構えろ! 槍を並べろ!」


 叫びながら、腰の短刀に意識が行く。

 しかし、アーシャの言葉が頭をよぎった。


「君の実力は他者を守れるほどには至っていない」


 今は、指示に集中しろ。


「 留まれ! 構え!」


 言われた命令を繰り返す。


 義勇軍の槍衾が、敵の突進を迎え撃つ。


 がきん、と鈍い音がして、僕たちの穂先に向こうの刃が当たる。

 いきなり槍をかき分けられて内側に飛び込まれる事はなかった。


 しかし、次々と襲いかかる敵の波に、槍衾が上にそれはじめ、押され始める。


 向こうは弱くない。

 いや僕たちがやはり強くないのか。


 少なくとも賊の一団の一部は明らかにこの殺し合いに慣れているようだった。


「止まれ!踏みとどまれ!」


 叫び続ける。

 口ではそう言うが僕自身逃げ出したい。

 でも、横は義勇軍のみんなに挟まれ、後ろは荷車、前は賊という状況では逃げようにも行き場が無かった。


 その時、僕の右側、本来の進行方向からすると後ろ側から地響きが聞こえた。


 視線を向けると、馬に乗った一団が谷間を駆けてくる。

 先頭は、ハリー・ベックマンだ。


「やった!増援だ!」


 トビアスさんが声を上げる。傭兵隊だ。

 事前に言われていた通り、前後の彼らの後ろ側から駆けつけてくれたのだ。


 手早いようにも、遅すぎるようにも思える。

 自分の時間感覚がアテにならない。


 ……というかハリーさんだけ?前の人たちは?


 ともあれ、援軍の出現は効果覿面であった事は間違いないようで、賊たちが動揺した。


 その隙に、傭兵隊が突っ込んだ。


 戦況は一瞬で変わった。


 咄嗟に固まって騎馬を受け止める賊の人もいないわけではないけど、傭兵と馬の前に、賊の人たちは次々とバラバラに蹴散らされ、打ち倒されていく。


 数分と経たないうちに、向こうは総崩れとなって谷の上へと逃げ去った。


 静けさが戻った。


 僕はその場に座り込み、荒い息を整えた。全身が震えている。恐怖なのか、興奮なのか、自分でもわからない。


「アルフレッド! 無事か!」


 トビアスさんが駆け寄ってくる。彼の頬には擦り傷があったが、大きな怪我はなさそうだ。


「う、うん!なんとか……!」


 周りを見渡す。倒れている者、呻いている者、呆然と座り込んでいる者。十人ほどが石に当たったか、賊の武器で怪我したようだ。


 死者は……少なくとも、今のところは出ていないように見える。


 後方から、ハリーさんが馬を寄せてきた。


「ご苦労!義勇軍の諸君!よく持ちこたえた!」


 その言葉は確かに労いのようだったが、どこか冷たさを感じさせた。

 彼は負傷者には目もくれず、谷の奥を見つめている。


「我々は逃げ出した賊徒を追討する!後は俺らの仕事だ!」


 そう言って、彼は馬首を返した。


 その時、小さく呟く声が聞こえた。



「……もしかして、囮にされた……?いや、まさか」


 その答えを僕は知ってはいる。

 でも、まさか言い出せる筈がなかった


 ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所に、アーシャが立っていた。


 彼女は円陣には加わらず、その外周で近づく賊と戦っていたらしい。

 珍しく若干ながらも肩が上下していて、彼女の服と剣にはベッタリと赤い物が付いていたが、彼女自身は無傷のようだ。


 彼女は無言のまま、軽くうなずいた。


 それが、何よりの賛辞だった。


 その夜、野営地で簡単な陣が設けられた。


 怪我した人の具合が確認され、治療が行われた。

 切り傷やアザを負ってしまった人はいたけど幸運なことに、重傷の人は、そして死んだ人もなかった。

 アーシャの訓練と、迅速な防御態勢が功を奏したのかもしれない。


 そんな様子を見ていると、兵士さんの一人が近づいてきた。

 道案内もしていた、ウィレムさんの部下のあの傭兵さんだ。


「アルフレッド・ファーン隊長。明日、賊の根拠地を攻囲します。準備を整えておくように」


 それだけ言って、彼は去っていった。


 根拠地。

 

 攻囲。


 また、戦い。


 僕は腰の短刀に手をとった。

 銀の装飾が、焚き火の光を受けて揺らめいていた。

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