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第21話

「僕は、残る」


 その言葉を口にした後、しばらくの間、アーシャは何も言わなかった。


 その口元に微かに笑みが浮かんだようにも見えたけど、相変わらず何の感情も読み取れない。


 暫くしてアーシャはゆっくりと口を開いた。


「……よし、わかった」


 それだけだった。


 短い、いつもの通りの返答。

 でも、その声音の奥に、かすかな何かが混じっていたような気がした。

 やっぱり気のせいかもしれないけれど。


「ならば、次だ」


 彼女の赤い瞳が、まっすぐに僕を捉える。


「まず、大前提として認識しておけ。君の実力は、他者を守れるほどには至っていない」


「うっ」


 こ、ここに来ていきなり落とすの?!


「君の実力は並の兵士よりは強い。だが、まだそれだけでしかない」


 訓練の成果を褒められたこともあった。遠回しに。

 あの試験だって、最優秀にはなった。一応。


 それでも、アーシャの目にはまだそう映るのか。……まあ映るか。


「しかし、義勇軍については最低限の形にはした。これこそ付け焼き刃以上の物ではないが、少なくとも槍衾を構えることぐらいはできるだろう」


 ついさっきの騒音が頭をよぎる。

 叫び続け、槍を構え続けた、あの20分間。


「君が隊に指示するべきことは三つ。『止まれ』、『留まれ』、『構え』。それ以外のことは考えるな。できる事「だけ」を行え」


 簡潔すぎる指示の語句。

 それが戦場の現実というものなのか。

 確かに、向こうに何人あっちに何人なんて細かい指示が僕にできるはずもないか。


「そして、何よりも肝に銘じろ。アルフレッド、君自身が生き残ることだけを第一にしろ」


 アーシャの声に、普段とは違う力が込められていた。

 それは命令というより、願いに近いものに聞こえた。


「最悪の場合は、君だけでも離脱させる。そうでなければ、エドワード氏に申し訳が立たん」


 父さんか……。


 そうだ、父さんは村で待っている。

 必ず元気に帰るって、約束したんだ。


「それから、総督府の企みについては、既に話した通りだが、肝要なのは「罠の対象はあくまで賊徒である」事だ。我々ではない。今になって無理に状況を変えるよりは、現状のまま来たるべき脅威に備えた方が賢明だろう」


 つまり、今さら抗議したり、変に裏をかこうとするよりは、この状況の中で最善を尽くせ、ということかな。


「わかった……と思う」


 もうちょっと簡単に言ってくれてもいいのにと思いながらも僕は頷いた。

 本当にわかったかどうかは自信がないけれど、ここで確認できる事でもない。


 そんな内実を知ってか知らずか彼女が黙った。


 そして、何かを決意したように、ゆっくりと腰に手をやった。


 次の瞬間、彼女の手には、一振りの短刀が握られていた。


 鞘には細かい装飾が施され、月明かりを受けて銀や赤や緑の小さな石がかすかに輝いていて、どこか古めかしい。

 握る部分を含めても、伸ばした手のひら2個にいかないぐらいの、そこまで大きくはない短い刀。

 しかし確かな存在感を放つそのそれを、アーシャは無言で僕の方へ差し出した。


「……これは?」


 思わず聞いていた。


「餞別だ」


 アーシャはそれだけ言うと、僕の手に短刀を握らせた。


 ずしり、と思ったよりも重い。

 でも、手に馴染む感触。


 金属に残った僅かな温度が、じんわりと伝わってくる。


「鞘は色々と銀や何やらで飾られてはいるが、数打ちの代物よりは悪くない。刃は私が研いである。手入れについてはまた後日教える」


 彼女はそれだけを言った。

 顔は相変わらず無表情で、何を考えているのかわからない。


 でも、なぜだろう。


 この短刀を握った時、アーシャの言葉の意味が、少しだけ理解できた気がした。


 「生き残れ」って。


 「アーシャ……」


 言いかけて、言葉が見つからなかった。

 ありがとう、いや、頑張る、それとも何か別の言葉なのか。


 結局、僕はただ短刀を握りしめて、彼女を見つめることしかできなかった。


 月が再び雲の間から顔を出し、銀色の光が部屋の中に差し込む。アーシャの銀髪が、かすかに輝いた。


 その夜、僕は短刀を枕元に置いて眠った。

 初めての自分の得物。

 それがなぜか、とても心強く感じられた。


 明日、いよいよ全てが始まるのだ。



 翌朝、目を覚ますと、短刀はまだ枕元にあった。


 夢ではなかった。


 

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