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物語る者たち    作者: vaizen
序幕 雌伏
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第2話 訓練となぜなに分析会

 抗議の声を上げる僕を前にして、アーシャは呆れたようにため息をついてこう言った。


「さあ続きだアルフレッド。英雄を目指す男がこの程度で倒れてどうする」


 いや、確かにそれはその通りだけども、そこで分かってないなお前はみたいなため息をされてもキツいもんはキツいんですよ。

 アーシャによる鍛錬が始まってから3年ぐらいが経った。最初の頃は剣を上下に振る程度しかできなかった僕も、今ではそれなり(彼女基準)には武器を扱えるようにもなっている。

 ただひたすらに素振りと走り込みを繰り返す日々の後、実戦式という名の一方的なしごきが始まってからは大体半年ほどだ。


 開始の合図はいつも同じだ。


「かかってこい」である。


 しかし、この稽古が始まって以来僕は彼女に勝利するどころか、触れる事すらままならない。

 いや、厳密に言えば稽古の最中でも僕がアーシャと接触することはある。

 でもそれは「向こうが僕に触れる」時でしかない。殴られるとか、蹴られるとか、投げ飛ばされるとか。

 この人は何時も容赦のかけらも無い。

 容赦も慈悲もないけれど、それはある意味では僕の「強くしてくれ」という望みに真摯に向き合ってくれているとも言えるんだろうか。


 でも、痛いもんは痛いんですけどね?


 視界が一回転する中で、僕はなんとなくそんな事も考えていた。


「アルフレッド、今日はここまでにしよう」


 そう言ってアーシャは手を止めて、パンパンと払った。

 結局、あの後も一時間ほど稽古は続いたけれども、ついに彼女には一撃を加える事もかなわなかった。

 代わりに六回は投げ飛ばされた。殴打の数は数えてもいないし思い出したくもない。痛みがぶり返す気がするから。

 僕は肩で息をしながらその場に座り込んだ。全身が汗まみれだ。


 しかし「鍛錬」の本番は今から始まるのである。


「さて、アルフレッド。確認するが今日、君はまず奇声をあげてから私に突撃し、全力の一撃でもって決めようとした。相違ないな?」


 鬼教官による、羞恥の評価と改善提案のお時間だ。


「は、はい」


「この行為の意図は?」


「急に僕が大声をあげれば、アーシャだって一瞬怯んだりしないかなって…、そしてその隙にズバン!と」


「どのようにして、これを考えついた?」


「むかし本を見た時に、そういう戦法が書いてあったのを見たのを思い出して、かっこいいから、真似しようかなって…」


 今日の行動について、そのきっかけからを一通り自分の言葉で説明させられるのだ。


「ふむ、なるほど。しかし残念ながら私は君の奇行程度で動揺するような人間ではない」


「よくわかりました…」


 そして「なぜダメだったのか」を冷徹に突きつけられる。

 確かに、この思い付きは「アーシャが怯む」という前提で成り立っていた。しかし、もし動揺していたとして何か意味があったんだろうか。

 改めて考えさせられると、自身の計画の無理さというものを身に染みて感じさせられてしまう。


「そうだな、次からはもう少し工夫してみろ」


「はい…」


 うん?次?


「ところでアルフレッド。そういえばこの近くに川があったな。汗が酷いぞ、流してやろうか?」


「えっ!?」


 急な沐浴のお誘いに僕の心臓は高鳴った。

 アーシャは容赦がない性格で、表情もコチコチな所謂「鉄の女」と言われるやつなんだろうけど、顔立ちは美人だし、鍛え上げられた体は美しささえ感じる。

 僕だって一応男だし、そろそろ性というものを意識し始める年頃だし、向こうに果たしてその手の感情があるのかもよくわからないけども、やっぱそういうのって時と場合と順番と分別を…


 ぱこん


 と、悶々と考えている僕の頭にチョップが加えられた。


「例えばこんな風に、だ」


 そういえば、今ってお勉強の時間でしたねチクショウ。


「可愛い少年の純情を弄んで楽しいですか?!」


「いざという時に弄ばれるのが純情だけで済めばいいな?今日の君の失敗と至らなさを、まずは把握しろ」


「うぐぅ」


 反論の余地が無い正論で返された。


「さて、話を戻すが今日、君がやろうとしたことは決して間違いではない。戦場においては一瞬の隙が命取りになる。それを任意に引き出せれば勝利は容易い。君はそれを「声」でやろうとした。だが、さっきの物では絶望的に声量が足りていない。そうだな、実演して見せよう」


 そう言うとアーシャはゆっくりと息を吸って


「喝!!!!!!!!!」


 と咆えた。


 どんっ……!と空気の塊がぶつけられた気がする。

 耳というか顔が痛い。比喩ではなく物理的に。鼓膜が破れるかと思うほどの大音量だったような気になる。


「これぐらいはやってみせろ」


 無理です。


「そもそも、ただでさえ戦場は剣戟だ怒号だ悲鳴だで煩いものだ。望む声が目的の相手に届く事なんてそうそう無い。「声」で相手を圧倒しようというなら、音に頼るな。圧を当てろ」


 貴女は本当に僕と同じ人間なんですよね?思わずそんな事を考えてしまう。


「不可能であれば別の術を考えろ。奇術、もしくは詐術、手段はなんでもいい、目的は心を揺さぶる事だ」


「正々堂々とかそういうのは……」


「無論、「望ましい勝利」という物はある。場合によれば「望ましい敗北」とてある。だが、それらはあくまでより良い「過程」に過ぎない。目指すべきは目標を達成する事であり、成すべきは、生き残る事だ」


「む、むぅ……?」


「いずれわかる。まず、心の揺らぎは刃に表れる事を理解しろ。振れる刃で臓腑は貫けん。その身を護ることもままならん。つまり、こちらからは殺せるが、こちらは殺される事は、無い」


 アーシャは口で次々と物騒な事を言いながら、真摯な目で僕の事を見つめてくる。


「は、はい」


 とりあえず僕は返事をする。


「後、もう一つ付け加えるとすればだ。絵巻物や叙事詩を発想の元にした真似事は誰もが通る道だが、あの手の描写は著者や詩人が盛りに盛っている。その辺はさっ引いて考えるといい」


 はい……。


 うん?誰もはって事は……


「返事は?」


「は、はい!」


 ともあれ、このようにして最初の「評価」が終わった。


「では次に行くぞ」


 そう、反省会はまだ始まったばかりなのである。


 僕が解放されたのは、この後40分後の事であった。

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