第8話 義勇軍の初日(5)その舞台裏での一幕
時間を少し巻き戻して、アルフレッドがアーシャの部屋に行くその直前の事である。
スープ椀とパン籠を持って食堂を出て行く少年を冷めた目で見る男がいた。
ユストゥス総督の甥、ウィレム・セバスティアンだ。
彼の前には義勇軍の宴会用に用意された粗野な大皿料理とは異なる物と酒が、政庁の厨房から運ばれ、並べられていた。
「義勇軍で些かでもマトモなのがあのような子僧とはな。ま、我が策はそれでも十分成るが」
グラスを煽り中身を飲み干す。
そして彼は側に控える自己の傭兵に尋ねた。
「確認するぞハリー・ベックマン。改めて勇士諸卿の実力を報告しろ」
「ハッ。全体の割は槍を持つことが、そして割は槍を突く事が可能です」
「つまり割がカカシか。しかし、大地に立つ足があり、物を掴む腕があるならそれで良い」
「残り割ならウチの傭兵隊の下っ端に放り込んでもいいでしょう。何日生き残れるかは知りませんが」
なんともまあ見事な「義勇軍」の惨状である。
しかし、所詮犠牲の牛である以上、これは彼の許容する範囲内でしかなかった。
「フム、木偶と雑兵、所詮百姓兵ではそんなものよな。で、あの最優秀の少年はどうなんだね?」
「アルフレッド・ファーンは源石です。磨けば結構な拾い物になるやもしれません」
「成程、お前がそこまで言うのも珍しいな」
「また、そのアルフレッドの剣の師であると言うアーシャ・ライルなのですが」
ハリー・ベックマンにとって一番報告すべきはこの後の事である筈なのだが、彼はその先を述べる事を躊躇した。
「えらくあの女に御執心だなベックマン。確かに多少心得があるようだが、結局はお前が勝ったんだろう?」
しかしウィレムはそのような部下の及び腰な態度を気にする事もなく、新しい瓶から中身を注ぎ、当たり前の結果を確認する。
多少腕があるからなんだというのだ。男に混ざり剣を振るう小生意気な女一人の事なんぞに、彼は何の関心も抱く必要がなかった。
しかし傭兵はその問いに対し沈黙で答えた。
彼には告げるべき事実があった。
あの時、彼が振り払った刃は彼女の剣先を捉え、弾き飛ばした。それは間違いない。
しかし、それは勝機を見出しての踏み込みではなかった。
動かさせられたのだ。生存本能によって。
あの刹那の時に彼の身を貫いた殺気。
それはハリー・ベックマンに、死を覚悟させるに十分であった。
そして、その体は彼の意思と関係なく動いた。
相手の胴を横薙ぎにせんと、防衛反応にて放たれた剣が彼女の剣先を辛うじて捉えたのは彼の意地が成した技か、はたまた偶然か。
ともあれ、結果として判定が「勝ち」となったのはハリーである。
しかし、返す刀の一撃で無様な敗北を喫していた可能性は十分にあった。
アーシャ・ライルの実力は高い。ハリー・ベックマンと同等、もしくはそれ以上の可能性もある。
この情報を、彼は伝えるべきかどうか悩んだ。
「ははあ、さては惚れたなベックマン。事が終わればいつものように買えば良かろう。初心な童の恋物語ではあるまいに」
だが、ウィレムは彼の部下の逡巡に気づく事はなく、下卑た冗談で流してしまった。それはアルコールの影響によるものかは定かではない。
「は、ははは、まさにその通りですな閣下」
そしてハリーも、上司の勘違いを訂正する事を結局選ばなかったのである。
傭兵の雇用主に対する忠誠の源泉が報酬ならば、雇用主の傭兵に対する評価を担保するのは結果と実力だ。
自らに勝る実力の持ち主が現れたとなれば、上司の心変わりを招く可能性は否定できなかった。
そうでなくとも、アーシャ・ライルの実力を説明する為には、自身が彼女にたじろいだ事は説明しなければならない。
それは、上司の彼に対する評価と報酬に悪影響を与える恐れは十分あった。
所詮、彼らは契約と利害でのみ繋がる関係であり、その相互に信頼は無かったのである。
結果として、「アーシャ・ライルの実力」は総督府において共有される事はなく、ハリー・ベックマン個人が、この「商売敵」に若干の警戒を抱くのみに終わったのである。
しかし、傭兵は思い出すべきであった。
あの時、広場に響いた金属音は軽かった事を。
それは、彼女が剣をしっかりと保持していなかった事を示していた。
弾かれ、宙を舞う剣は、アーシャ・ライルにより仕組まれ、印象づけられた「敗北の演出」であった。
この「作為」が、彼らの運命を決定づけた。
ここ1週間、連日での投稿を努力してきましたが、次話以降の更新は少し間が空いてしまうかもしれません。
ご了承ください。
筆者より




