第4話 義勇軍の初日(1)結成式典
「我が檄に応じ参集せし偉丈夫諸君!」
生産者表示。彼の言う事はまさにそんな言葉そのものだった。
あの総督府到着後の内心で慟哭する僕を尻目に、アーシャは天幕内の役人のおじさんにローサンヒル村からの義勇軍への参加者は僕とアーシャである事について伝えていた。
ふと視線を感じたような気がして広場奥の立派な建物の方を見た。すると階の窓になんかすごいのがあった気がするけど多分気のせいだろう。
こんなとこに熊なんているはずないし。
ともあれ、僕らの当録が済んだら役人さんは別の紙に何やらチェックをしてその立派な建物に入って行った。
そして、しばらくするとその建物から人の人が出てきた。
えらく自信満々な顔をした小洒落た男と、使い込まれた革鎧を身につけたアーシャの割ぐらいは鋭い目をしたヒゲ面の男である。
洒落男が広場に付くぐらいで広場の横ぐらいにある大きい建物の扉も開いて、僕らが来るより前に来ていたらしいおじさんお兄さん達がぞろぞろと補充された。
それでも結局人ぐらいにしかなってない気がする。
そして、その人たちも広場に集まったのを見たあの偉そうな人は、自分の事をウィレム・セバスティアンであると名乗り「これより義勇軍の結成式を執り行う!」と叫んだ。
…ビラが来てから割と直ぐに村を出てたと思うんだけど、もしかして僕らが一番最後だったんだろうか。
…呼ぶのが遅い方が悪いよね?
まあ、別に期限が言われてたわけでもなし、文句を言われてるわけでもないから別にいいか。
ともあれ、そうして結成式とやらが始められて、一番最初に出てきたセリフが
「我が檄に応じ参集せし偉丈夫諸君!」
というものだったのだ。
どう考えてもあのビラの作者さんですね。
「我は今、諸村に高札を配し士を募る所急である!近事匪賊大軍を弄し、大守の軍、各地の民倉、賊の毒手に犯さるる事久しき!百姓蒼姓みな賊の暴状に哭かぬはなしと見る!しかして太守、領下民への愛を忘るる事なく、報国の義を以てここに義勇の士を集わす!そしてこの時にして、汝赤心の豪傑ら我らが太守ユストゥスに力を援助せんと訪ねらる!まさに、天佑!なんぞ拒むの理があろうか!城門の塵を掃き、客館に旗飾をほどこして、この出会いを歓迎しよう」
…なんて?
とりあえず歓迎はしてもらってるんだよね?最後そう言ってるし。
でも他の部分は何言ってんだかわかるようで全然わからない。
前のビラの時みたいにアーシャに翻訳して貰いたいとこだけど…と思って彼女の方をチラッと見る。
「…」
あ、教えてくれる気はなさそうですね。
その意味もないって事かもしれない。
当たり前だけども、僕の周りの他の村の人たちもちんぷんかんぷんといった雰囲気だ。
誰の為のイベントなんだろコレ。
というか、ここまでノンストップで捲し立てるあの兄ちゃんの肺活量は素直にすごいと思うんだけども、もうちょっと切れ目でも入れてくれないとこっちもどうすりゃいいのかわからない。
後ろのお爺さんもとりあえず歓声を上げようかとして、そのまま流れ続ける言葉の濁流に押し流されてちょっと呻くぐらいしかできていない。
ウィレムとかいう人の横の傭兵っぽいおじさんも若干呆れてるように見えた。
尚、僕らがこの大独演会から解放されるまでたぶん分ほどの時間がかかり、その間はずっと語彙の暴風雨を浴びせられる事になったのであったのである。
「…以上である!」
…
……
………
あ、終わりましたか。
やっっっと終わりましたか。
周りを見ると何人か座り込んでる人もいた。
気持ちはわかる。
ちなみにアーシャは相も変わらず不動だった。
…もしかすると寝てたりしないだろうか。
あ、ちょっと動いた。
義勇軍ってこんなもんなだろうか。
いや、多分文字にして書いてみたら、たぶんあの人は何かしら感動的な事は言ってるんだとは思う。でも、その言葉は僕たちに向けられている気があまりしなかった。
しかし、沈みかけていた僕の気持ちはこの次に出てきた言葉で引き上げられた。
「これより、このめでたき日を祝して宴席を設けたいところであるのだが、その前に一つ決めておくべき事がある!そう!この義勇軍を率いるべき盟主の選定だ!…ハリー・ベックマン隊長」
おっ?
あの偉ぶったお兄さんの隣に居た髭のおじさんが前に出た。
「これより選抜試験を行う!試験内容は実技!各々で好きな武器を選び、この俺に打ち込んで来るがいい!その成果でもって判定を行う!」
おおっ
これはチャンスなのでは?
物はともかくとして、義勇軍は義勇軍。部隊は部隊。なんか一応戦いはするみたいだし、これで僕が隊長になれたら曲がりなりにも指揮官だ。一端の将だ。
「一発でも俺に打ち込める事ができればその時点でそいつが隊長だ!結局は全員行う事にはなるが、我こそはと言う者は先んじて名乗りを挙げろ!」
「はいっ」
ハリーと呼ばれたおじさんの言葉が終わるや否や、僕は何かに突き動かされるように手を挙げていた。
周りみんなの視線が僕に集まる。
驚いた事にアーシャすら目を僕の方に向けていた。
なんか、こう注目集めると自分が変な事してる気がするからやめてほしいんだけど…。
「おっと威勢がいいな坊主!では挑戦者号はお前だ!まあ、準備があるから試験はそれが終わってからだが、その間に兵舎で好きな獲物を見繕っとけ」と言ってさっき他の村の人が出てきた大きな建物を指差した。それがどうやら「兵舎」なんだろう。
おじさんの呼称にはちょっと思うものはあるけれども、見返すチャンスはすぐに来る。
僕はおとなしくその指示に従って建物の中に入る事にした。
その兵舎の中に入ると、また別の革鎧の兵士が試験で使う武器はここから選べと案内してくれた。
当たり前だけど刃を潰した訓練用の武器を使うようだ。当たれば勿論痛そうだけども、よほどがなければ死にはしない。
種類としては剣と槍。その内ならば普段からアーシャにしごかれている方が良いだろうと思い僕は剣を取った。
複数置かれている物の中から適当に目についたものを選ぶ。
いつもの木刀と具合が違うかなとは思ったけど、この模擬刀が意外と軽いのか、それとも普段の木刀が無駄に重いのか、手に持って振った感じではそこまで違和感はない。
後の問題は「試験」でどうするかだけども、経験はプロに聞くのが一番である。
早速アーシャを探して彼女に頼る事にした。
「付け焼き刃の上振れな結果を相手の判断の基準にさせたならば苦労するのはお前自身だ」
そして開口一番出てきた答えがそれである。
厳しい。
「で…でもぉ」
でもせっかくリーダーになれるチャンスなんだよ?
馬とか乗って先頭に立ったりして。
そこまで貸してもらえるのか知らないけど。
それでも、ちょっとでも僕の実力をよく見せるテクニックとかあったら欲しいなあと漠然と考えていた僕の企みは正面から叩き潰された。
「苦労が徒労で終わるだけならまだ良いが、戦いの場における「苦労」は死に直結する。お前だけでなく、お前以外にもだ。そしてその影響範囲は、自身が扱う範囲にそのまま比例する。つまり「隊長」という立場であれば、その被害は隊全員が被る事になる。それはわかるな?」
「うぐぅ…」
そこまで言われるとどうしようもない。
「だが、私の見る限りこの「義勇軍」で集まった者たちの中にお前以上の実力者は居ない。いつも通りに、普段通りにやればそれだけで結果は出る」
「…そ、それってつまり!」
「気張れよ。アルフレッド」
言うだけ言うと、アーシャはフードの縁を少し引っ張って被り直してくるりと振り返り、無言で立ち去ってしまった。
そういや今気づいたけど、いつの間にフード被ってたんだろ。総督府入る前までは脱いでたよね。
しかし、褒めてくれた…のかな?今のって。
思いがけぬエールによし行くぞ!アーシャが言ってくれたんだからやってみせるぞ!と意気込む僕の頭にふと一つの事が思い起こされた。
あのおじさんは「結局は全員が行う事になる」と言っていた。
つまり。
「アーシャも受けるじゃん!試験」
その考えは、つい僕の口から飛び出してしまっていた。
周囲のお兄さんらがちょっと驚いてこっち見た。急に叫んでごめんなさいね。
それよりも、アーシャと比較されたら勝てるわけないじゃん!
まあ応援してくれてるんだし、全力でやろう…。




