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第3話 義勇軍、されど犠勇群


 アルフレッドが「理想の義勇軍」と現実のそれとの落差に内心で慟哭していたまさにその時、この「義勇軍」を見下ろす別の目があった。

 レギ・ペトラ総督であるユストゥス・アルカンその人である。

 一人より一つと、いやむしろいっそ「一塊」とでも表すべきその肉体を揺らしながら彼は冷ややかな目で執務室の窓から広場を見ていた。

「フン、ようもまあ大した「義勇軍」なことだわい」

 そして窓辺に設置されたテーブルから腹肉を降ろし、見た目からの印象よりかはマシな動きで自身の執務椅子に沈み込んだ。

「大した金はかからんからまあ許したが、本当に効果あるんだろうなウィレム」

「もちろんですとも叔父上!」

 執務室にはその一塊の他に二人の人物がいた。こちらは平常な人間の形をしている。

 ユストゥスの問いに対し自信満々で返答した「ウィレム」とは、その片方の仕立ての良さそうな細やかな刺繍が施されたシャツを着る若い男の事である。

 名をウィレム・セバスティアンと言う。ユストゥスへの呼称からわかるように、彼は総督の甥であった。

 公的には無位無官であるはずなのだが、この総督府内においてはその「血」によって実権をほしいままにしている。

 因みに残るもう一人も男であり、使い込まれた革鎧を着て髭を生やしている。

 彼は総督府お抱えの傭兵隊長、ハリー・ベックマンであった。

「今こそ陛下の寵愛を失った忘恩の徒に対する誅罰を…」

「普通に喋れ、普通に」

「ノリが悪うございますな叔父上。まあそれはさておいて、既に賊の規模は判明しております。全体で概ね人程度。これを歩兵小隊三つを用いて鎮圧するのです」

「それはわかっとる。で、なんで内一個をあんな百姓集団に任せるだなんて言い出したんだ」

「義勇軍で集めたのは確かに百姓ですが、賊徒もだいたいが元百姓です。力量としてはどっこいどっこい。どうせ元から鎮圧自体はハリーの傭兵隊で個ほど出せばそれで片がつきます」

「まあそうだな」

「そもそも、私はあの「義勇軍」を賊徒にぶつける為に用意したのではありません。賊徒「が」義勇軍にぶつかるのです」

 ここで初めてユストゥスは自身の甥の考えに興味を抱いた。

「ここ最近の三度行われた賊徒の襲撃は腹立たしい事に全て総督府の輸送隊が襲われております。しかし、これを利用するのです。つまり、あの百姓どもに予備の鎧を着せ荷を運ばせる事でこれを輸送隊であると偽装します。名目はフレスウィア州軍団への補給とでもしておきましょう。そして、わざと谷間の見通しの悪い地点を通らせるのです。どうせ百姓には地理も戦術もわかりますまい。何の疑問も抱くことなく、要らぬ警戒をすることも無く経路通りに通行することでしょう。さすれば、必ずや賊徒どもは姿を現し、餌に食いつきます。そこを隊列の前後に配置したこちらの手勢で挟み込むのです!」

 ウィレムは両の手を合わせてパンと鳴らした。

「成程、囮か。確かにどうせ被害が出る釣り餌なら官兵や傭兵を使うより百姓にでも任せりゃ十分だな。そして、神出鬼没な賊どもの位置をこちらの都合に合わせられるのもちょうどいい。楽だ」

「ふふふ、甘いですぞ叔父上。我が策はここからが…!」

「ああ、うんうんわかったわかった。全てお前に任せる。好きにしろ」

 話はまだまだこれからだと言わんばかりに身を乗り出すウィレムをユストゥスは手で制した。

 必要な事はわかり、それなりに根拠もある以上彼はこれを否定する必要はなく、そしてこれ以上聞く気もなかったのだ。

 当然、講演会を中断させられたウィレムは不満気な顔をしたが、彼も叔父の特性はよく理解していたし、任されるのであれば文句はない。大人しく引き下がる事とした。

「ではこれよりハリーと準備に入ります!それでは!」と告げて横の傭兵隊長と共に退室したのである。


 名が廊下へ出た後で、先に口を開いたのはハリーであった。

「…で、閣下の本当の目論見は何処に?」

 と、彼はウィレムに尋ねた。

 先の戦争の最中から傭兵として身を立て、団長として複数を指揮する立場にもなった彼の目からして先程語られたウィレムの「策」はあまりにも不十分だったのである。

 囮作戦の方はまあいい、最悪相手が罠にかかるまで続ければいいだけの話だ。

 問題はその後の「挟撃」の部分である。

 当たり前だが、囮が囮たりえるのは基本的にそれが「劣り」でもあるからなのだ。

 まさか、ウーグマイ王の親衛騎兵隊に勝負を挑む賊はあるまい。

 そして、賊の来襲に即座に対応できる、つまり囮と本隊が連携して対応を図れるようなしっかりした隊列を組んでいれば、当然の事ながら賊側も襲撃を見送るだろう。

「輸送」のみを目的にするなら別にその重装歩兵方式でなんの問題もないのだが、今目的としているのは、この盗賊問題の「根本的な解決」だった。つまり、戦闘となってこれを打ち倒し、捕縛するなり処理するなりまでしなければならないのである。

「話が早くて助かるぞハリー・ベックマン」

 傭兵の問いに対し青年は待ってましたと語り始めた。

「今回の策は言わば駆虎呑狼なのだ。尤も、今回の場合豹は牛であり、虎は野良犬なのだがな。しかし、狼はちゃんといる。お前だ、ベックマン」

 やはり、先の演説キャンセルには思うものがあるのだろう。ウィレムの舌は軽やかである。

「牛を餌に犬を巣穴から誘い出す。ここまでが叔父上にも語った部分だ。しかし肝要なのはこの次、犬の巣穴を狼が襲うところにある。つまり、お前は囮の中に潜り込み賊の襲撃を待つ、戦いとなれば官兵の鎧を脱ぎ捨てて、そして敗走する賊徒どもに紛れ込みこれを追跡するのだ。そして彼奴らの「巣穴」を嗅ぎ出してほしい。匪賊の寝ぐらが発覚次第、私が全部隊を集結してこれを討つ!雑草とは根元から刈り取らねば意味がないからな!」

 決して容易なリクエストではないが、クライアントの期待に応えられてこその傭兵である。

「成程、了解しました。ちなみに、その際「義勇軍」はどうなさるので?」

 そしてあちらの期待に応えれば、こちらの期待も満たされる。あの総督やこのボンボンは金払いという点においては悪い顧客ではなかったのだ。

「生き残っておれば適当に使えば良かろう。荷物持ちぐらいにはなる」

「委細承知。では隊の編成に入らせますが、我々の隊と官兵、どちらをお使いになられますか?」

「お前の兵を使わせて貰う」

 尚、傭兵はあくまで私兵である為、その報酬はユストゥスら個人の資産から支払われるわけではあるのだが、このレギ・ペトラ総督府において、「官費」と「総督の私費」は限りなく同一視されていた。

 言うまでもなく不正である。

 しかし、その非道徳的行為で良心を痛めるような繊細な精神の持ち主はこの空間に存在しなかった。


「後、私の護衛役には弩を挺持たせておいてくれ」

「ハッ。…しかし閣下もいい趣味してらっしゃいますなあ」

「ここ最近は風もいい。矢もよく飛ぶ事だろうさ」

 なんせ、たかが横領如きに罪を感じいる筈がないのだから。

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