貴方の幸せだけを、ずっと
最初はヒーロー視点で途中からヒロインに視点が変わります。読みにくかったらすみません。ゆるふわ設定です。
俺が彼女に、ルーニスに抱いた最初の印象はあまり良いものでは無かった事は、一生彼女には内緒にしておこうと思っている。
一学年下の彼女は、カーリック伯爵家の長女で、末っ子で、双子の兄が居た。
その双子の弟のフェルトと同じ騎士科に俺は通っていた。
ただそれだけの接点で、妹を猫可愛がりしているフェルトから俺は妹の話をよく聞かされては居たが、ある日突然、フェルトが親の仇でも見る様な顔で俺に言った。
「特別だユーリ、お前を妹に会わせてやる」
そこまでの顔をされてまで会いたいかと言われると、いや、別にそこまででは無かった。
だからいいよ、と断ると、フェルトはいきなり泣き出した。男泣きと言うやつだ。正直引いた。
引きながらも、一応親友だから。宥めて話を聞いた。
フェルト曰く、妹さんは幼い頃、たった一度こう言ったそうなんだ。
「私ね、産まれてくる前からユーリさまの事が、大大大大大好きなの!」
あぁ、妹さんは『記憶者』なんだな、と思っただけだった。
この国には時々彼女の様に不思議な記憶を持つ者が産まれる事がある。
そう言った特殊な記憶を持つ者を『記憶者』と昔のお偉い学士が名付け、その記憶者は記憶によって様々な扱いを受ける。
良くも、悪くも。
だから記憶者や家族は最近はそれを秘匿する者が殆どだと聞いた。だから滅多に現れないのだと。現れるのはその記憶に余程自信のある者か、うっかり、露見してしまった者か。
だから秘密裏に、俺とルーニス嬢は会う事になった。
表向きはフェルトの家に親友の俺が呼ばれた、そう言う事で。
俺は子爵家の跡取り息子。今は騎士科に通わせて貰えて居るが、来年には婚約者を見つけ、経営科に移る事になるだろう。
そういえば、彼女は経営科に通っていると聞いた。伯爵家の令嬢が、跡取りでも無いのに何故だろうか?
「はじめましてアデス様、私、ルーニス・カーリックです。本日はご多忙の中、我儘を申しまして誠に申し訳ありません」
挨拶をした彼女は案外普通の可愛らしい女の子だった。金色のサラサラな髪、濃い青の瞳。カーテシーをした後、こちらを緊張した面持ちで見ている。
「気にしないで。我儘を言ったのは俺にとって貴女じゃなくてフェルトだからね」
「いえ、私の我儘に違いありません。すみませんでした」
思っていた記憶者と違った。なんか記憶者のイメージって、自分は特別だと思ってそうとか、逆におかしいんじゃないかと思って鬱屈してそうな感じだった。
でも彼女はそのどちらでも無かった。普通の礼儀正しい女の子だった。
「せっかく呼んでくれたのに俺も態度悪かったかな、と思う。ごめん。俺の事はユーリで良いよ。そう呼んでるんだろう?」
その瞬間、彼女がすんと表情を無くした。
「お兄様ですね」
「あ」
もしかして、フェルトは彼女に理由を内緒で呼んで欲しいと言われたのかもしれない。
そう思ったのは後の祭り。彼女は目に見えて落ち込んだ。
「すみません、気持ち悪いですよね。勝手にお名前でお呼びして…その、きっと聞いていらっしゃるんでしょう、私が……」
ユーリ様を好きだって…。
小さな小さな声だった。泣き出しそうな声だった。彼女は確かに普通そうだったけれど、悩んでいる記憶者だった。
「たった一度で良いから、お会いしたくて」
「………貴女の知っている俺は、どんな俺なのかな?」
これだけ好かれているのだから、余程美化された記憶なのかと思って念の為に聞くと、彼女は首を横に振った。
「いいえ、私は貴方の事は殆ど知らないのですアデス様。私のこの『記憶』はあくまで『記録』であり、私の、ルーニスとの『思い出』から成り立つものではないのですから」
そこで俺は自分が酷い事を聞いたと自覚した。彼女はそんな俺に気が付いて、良いのですよ、アデス様は何も悪くないのです、と言ってくれたけれど、どうしようもない罪悪感が俺を襲った。
そんな俺を見て、彼女は困った様に笑った。
「お会い出来て、光栄でしたわ。貴方様の幸福を願っております。ずっと。それは変わらない事ですから」
最後にはにかむように笑った彼女の笑顔を見て、俺はその時初めて、彼女に恋に近い感情を抱いたんだ。
だから、きっとまた会えると思っていた。俺が望めばきっとって勝手に思い込んで。その日そのまま帰った俺を、数日後の俺は殴りたい程に恨んだ。
「ルーニスにはもう会わせられない。そう言う約束だったから」
「約束…?」
フェルトは少し悩んだ後、深い溜め息を吐いた。
「妹の二度目の我儘だったんだ。あの日、会ってお前が自分を嫌ったら、大人しく領地で余生を過ごすと」
いいか、たった二回きりだぞ、とフェルトは眉を顰めた。
「余生って…まだ彼女はそんな年齢じゃ…、まさか、何処か患って…!?」
「お前がそんなに気にする事か?嫌いな女が自分の外の人生でどう生きようと自由だろう?」
「俺は彼女を嫌ってなんか…」
「無かったか?少しも?」
ぐっと言葉に詰まる。嫌っていた、とまではいかないが、良くない感情を持っていた事は確かにあったからだ。
そんな俺を見てフェルトが再度溜め息を吐く。
「だから会わせたくなかったんだ。あの子は、諦めが良すぎるから」
諦めたのか、俺を。
あんな風に笑って、俺の幸せを願っておいて。
この世界で初めて、俺に幸せを説いておいて。
情けなくも、今度は俺が泣く番だった。
俺は、両親に愛された記憶が無い。
ユーリと言う名も、たまたま役場で会った人の息子がユーリと言う名だったからとつけられた、なんの価値も無いものだ。
俺は最初こそ愛されたいと躍起になったものの、次第にそれは無駄な努力だと分かり、悪あがきで剣を取った。
だからこその期限付き。俺は首輪のついた飼い犬の様なものだ。
この先ずっとそうだと思っていた。誰も俺の幸せなんて願ってはくれないと。
自分より俺を愛してくれる人なんて一生現れやしないと。
それなのにあの子は、きっと『記憶』していたにも関わらず、『記憶』では無い俺に会って、幻滅しただろうに。
幸せを願ってくれたんだ。まるで宝物を扱うように、そっと、俺の自由だけを考えてくれたんだろう。
家格的に、カーリック伯爵家のご令嬢から縁談が来たら、うちの両親は断らなかったと思う。
きっと、だからこそ、『俺』に会う事『だけ』を望んでくれた。
「…………違うか?」
「半分正解、半分外れ」
フェルトが呆れた様に俺を見下ろした。
「うちの妹が何で経営科に通っていたと思う?」
問いかけながら、フェルトは言おうか悩んで居る様だった。それはきっと、とても大事な事な筈だ。
俺が頭を下げると、フェルトは観念した様に息を吐いた。
「お前が、あの家から逃げた時に。それでも帰る場所を守れる立場に、もしなれる事があったなら。そうしたいから、だとさ」
幸せを願っております。ずっと…。
あれは嘘じゃなかった。同情でも無かった。そこにあったのは、きっと、もっと純粋なものだった。
なのに俺はそれを踏みにじった。謝らないといけないのは俺の方だったのに。
もうそれも叶わないのか………?
「フェルト、俺も、我儘を言いたい。どうしても、叶えて欲しいんだ。頼む…!」
「…………仕方ない奴らだな、全く。兄ってのは損だな。まぁ、仕方ない、か…」
✲✲✲✲✲
私には、前世の記憶がある。
それがこの世界では、あまり良くない事なのだと思い出したのは、両親と兄さま達にそれを話した時だった。
この世界で、私みたいなのは『記憶者』と呼ばれる。
記憶の内容によっては、王族の知識となるべく一生籠の鳥にされたり、爵位が高ければ召し抱えられる事もあると言う。
私は微妙なラインだった。確かに私の記憶はこれからのこの国の未来の一部でもある。
だから、我が家は秘匿する事にした。
その私の記憶が『ユーリ・アデス』を主人公にした小説『いつか愛を識るその日まで』だけだったとしても。
だからこの世界の何処かに居るだろう、ユーリ様の事は記憶していた。
私がこうしている今も、彼が両親に愛されていない事も。
彼がどれだけ悩んでいるかも。
そんな彼に、遠い将来、愛らしいお嫁さんが出来る事も。
記憶していたから、大好きだけど、探す事も、それこそ会いに行く事もなかった。
私の記憶は、彼にとって幸せになれるものではないから。
私の願いは私の恋の成就ではなく。
『ユーリ・アデス様が幸せになること』だったからだ。
だけど、万が一。もし、私にもそんなチャンスが来たとしたら。
私が彼を幸せに出来るなんて、夢みたいな事が起きたとしたら。
そんな夢を見て、私は両親に初めて我儘を言った。学園に通う事になったら、経営科に通いたいと。
両親は私を許してくれた。兄さま達も、協力すると、たった一人の妹の為だからな、と笑ってくれた。
あぁ、私がこの世界で識った愛を、あの人にいつか届けられたなら、そんな夢を見た。
その結果が、あの体たらく。
そして私は潔く、とまではいかないけれど、もう誰にも迷惑をかけないよう。
この記憶が悪用されることの無いように。
今日、この親しんだ、愛する家を後にするのだ。
「さて、お嬢さん、本当に良いのかな?」
「お兄様くどいですわ」
「絶対、後悔する」
「後悔ならもうしました」
「あー、もう、我が妹ながら頑固!」
「朝からなんですか一体。もうしばらく会えないと言うのに」
溜め息を吐けば、移ったのか兄からも溜め息が漏れた。
「ばーか、おっそいっつーの!」
「え?」
馬車から出てきたのは、正装をした、アデス様だった。
「なんで…」
「貴女に約束を守ってもらいに来ました」
「やくそく…?」
それは家族と交わした約束の事だろうか。それとも別の事だろうか。
驚いたまま固まっている私にアデス様が困った様に笑う。
「覚えていない?俺の幸せを、願ってくれるんだろう?」
「え、えぇ…それは、ずっと、願っておりますけど…」
「なら、回りくどい事は無しで。貴女が幸せにしてくれないか」
何を、何を言っているんだろう?
貴方には将来、同じ子爵家の愛らしいお嫁さんが来る筈で。
私が、愛される事なんて、無い筈なのに…。
「信じられない?俺との思い出を」
「…一日しか、たった、一時間しか、お会いしておりません」
「でも、君は願ってくれた。初めて、俺だけの幸せを。それを、俺達の幸せにして欲しい。そうお願いしているんだよ、ルーニス嬢」
「私達の、幸せ…」
涙が溢れた。彼が自分から、自分の幸せを願ってくれる日が来るなんて。
その理由が、私なんて、まるで夢みたいな。
「俺と婚約していただけませんか、ルーニス・カーリック嬢」
「もう、言っても許されますか…?」
ずっと、ずっとずっと、我慢していたんです。
「私、貴方を愛しているんです、ユーリ様…!」
「その想いと同じものを俺の中でこれからも育てて良いですか」
「はい、はい…!」
「あーあ、巣立っちゃったなぁ」
「幸せにしてよね、絶対」
二人の愛が同じ重さになるのは、そう遠くないのかもしれない。
読んで下さってありがとうございます。
10/21、誤字報告ありがとうございました、訂正させていただきました。
いいね、評価やブクマなどいつも励みになります。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
バレてはいけません。つかまりますの世界線の別時間軸になります。多少の誤差は時代の違いになります。