正義のヒーローず
「……ここか」
鉄男──アイアン・ジャスティスは、威風堂々とそびえ立つ大邸宅を見上げた。
庭には高級外車が並び、いかにも『金持ちの道楽息子』が住んでいそうな雰囲気を醸し出している。
「そうや。あの事故った車もあそこにあるやろ?」
シルバー・ユキリンが指さした先には、バンパーが盛大に凹んだ黒い外車が停まっていた。
「よし……。じゃあ俺が正面から乗り込んで、ガツンと言ってやる!」
「待ちぃや! ヒーローは正面突破もええけど、まずは潜入やろ!」
ユキリンは慣れた手つきで裏手に回り込むと、高い塀の隙間をすり抜けて敷地内へ侵入した。さすがガリガリなだけあって身軽である。鉄男もむちむちの身体を押し込み、なんとか庭へと忍び込んだ。
リビングの大きな吐き出し窓からは、明かりが漏れている。
中にいるのは、派手な服を着てソファに深々と腰掛け、スマホをいじっている20代前半の男だ。
「あいつや……! ウチの愛車をボコボコにした悪党、加藤や!」
ユキリンが低く恨めしい声で呟く。
「よし、任せろ」
鉄男は深呼吸をし、胸を張った。全身を包む緑のコスチュームの背中で赤いマントが夜風に揺れる。
いま、自分はただの39歳独身・未婚のオタクではない。地球の平和を守る(ついでに友達のバイク代を回収する)正義のヒーロー『アイアン・ジャスティス』なのだ!
バシーン!!
鉄男は勢いよく窓ガラスを叩いた。
「悪党め! 正義の鉄槌を受けに来い!」
部屋の中の男──加藤が「ひえっ!?」と情けない声を上げて跳び上がった。
窓越しに見えるのは、緑色の不気味なカメのような大男と、ギラギラ輝く銀色の怪しい少女。不審者以外の何物でもない。
「な、なんだお前ら!? 警察呼ぶぞ!」
「警察に言えない悪事を働いたのはそっちだろ!」
鉄男は右手にグッと力を込めた。
神から与えられた聖なる力。イメージを形にする能力!
(来い……! 昼間見たアニメのヒーローのように、敵を一網打尽にするしなやかな武器……!)
ニョキニョキニョキッ!
鉄男の右腕が変形で蠢き、緑色のコスチュームの袖がぐんぐんと伸びていく。
「見よ! これがジャスティス・ウィップ(正義のムチ)だ!!」
鉄男が自信満々に腕を突き出した。
……が。
「……ガンテツ、それ」
後ろで見ていたユキリンが、冷ややかな声を漏らした。
鉄男の右手の先から伸びていたのは、しなやかな革のムチ……ではなく、太くて長い、黒い『へび縄跳び』だった。持ち手のプラスチック部分まで律儀に再現されている。
「……あれ?」
「縄跳びやん。小学校の体育で使うやつやん」
「ち、違う! イメージがちょっとブレただけだ! これで相手を縛り上げれば……!」
「ハッ、なんだよそのお笑いコスプレ! バカにしやがって!」
最初は怯えていた加藤だったが、縄跳びを出した鉄男を見て完全に舐めきった顔になり、部屋にあったゴルフクラブをひっつかんで窓を開けた。
「変質者が! ぶっ殺してやる!」
加藤が豪快にフルスイングでゴルフクラブを振り下ろしてくる。
「危ない!」
鉄男は咄嗟に右手の「縄跳び」を振り回した。
奇跡的に縄がゴルフクラブのシャフトに絡みつく!
「なっ!?」
「うおおお! ジャスティス・ロープ・キャッチ!」
鉄男が力任せに引くと、加藤の手からゴルフクラブがすっぽ抜けた。
そのまま鉄男は左拳に念を込める。
(次は重い一撃だ! 鉄のハンマー!!)
ポンッ。
左手が変形した。
現れたのは、プラスチック製の黄色い『ピコピコハンマー』だった。
「……なんで!?」
「いいから殴れぇぇぇ!!」
ユキリンの叫びを背中に受け、鉄男はやけくそで加藤の頭にピコピコハンマーを振り下ろした。
ピコーーーン!!
夜の高級住宅街に、間抜けな音が響き渡る。
「痛っ!? ……いや、痛くねぇ!? なんだこれ!?」
「えい! やあ! ジャスティス・ピコピコ・アタック!」
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
「うぜぇ! やめろ! なんだよこのオッサン!!」
加藤はダメージゼロのまま、ただただウザさに悶絶して頭を抱えた。
その隙を見逃さず、後ろから銀色の影が躍り出た。
「隙ありやぁぁぁ!!」
シルバー・ユキリンが飛びかかる。
正気を失ったような笑顔で、ヨダレを垂らしながら。
その手には加藤が手放したゴルフクラブが握られていた。
殺る気マンマンだった。
脳天めがけて力いっぱいにそれを振り下ろす。
「ぎゃあっ!?」
高級住宅街に、おそろしいまでのその音は、響き渡った。
ピコーーーン!
「……何すんねん、ガンテツ」
シルバー・ユキリンが笑顔のまま仲間に抗議する。
「正義の殺人の邪魔すんなや!」
「やめよう、シルバー・ユキリン」
鉄男は冷静だった。
「コイツはもう、落ちている」
加藤はその場に崩れ落ち、うめき声を上げ続けていた。
ユキリンは倒れた加藤の胸ぐらを掴み、般若のような顔で凄んだ。
「おい加藤。事故の件、保険入ってへんからって踏み倒そうとしたな? ウチのバイクの修理代、今すぐここで示談金として支払うか、毎日この『ピコピコジャスティス』が夜な夜な枕元に現れるの、どっちがいい?」
「ひぃぃっ! 払う! 払います! いくらでも払うからその緑の変質者を連れて帰ってくれぇぇ!」
加藤は恐怖に引きつりながら、財布から札束を引っ張り出してユキリンに押し付けた。
「ふぅ……一件落着やね!」
深夜の公園。ブランコに揺られながら、ユキリンは回収した札束を満足そうに数えていた。
「なあ、ユキリン……俺、やっぱりヒーローに向いてないのかな……」
ベンチに腰掛けた鉄男は、緑のマスクを脱ぎ捨ててしょんぼりと肩を落としていた。
「なんで変身する武器が毎回あんなに間抜けなんだ……。スプーンに、金槌に、縄跳びに、ピコピコハンマーだぞ? かっこいいソードとかビーム銃とか出ないのかよ……」
「何言ってんのガンテツ。大成功やん!」
ユキリンは札束をポケットに仕舞うと、ブランコから飛び降りて鉄男の前に立った。
「相手を傷つけずに、精神的ダメージだけで屈服させたんやで? 超・平和的解決! これぞ現代の正義のヒーローや!」
「そう……なのかな……?」
「そうよ! それに……」
ユキリンは仮面をずらし、いたずらっぽく微笑んだ。
「ウチ、ちょっと面白くなってきたわ。ガンテツのそのヘンテコ能力と、ウチのコスチューム作成技術があれば……もっとでかい『悪』も退治できるんちゃう?」
「でかい悪……?」
「そう! 街の不法投棄犯とか、歩きタバコするやつとか、レジで横入りするババアとか!」
「規模がスケールダウンしてないか!?」
「いいの! 身近な悪を挫いてこそのヒーローや! ……あ、そういえばガンテツ」
「ん?」
「ウチの大学にさ、もう一人『絶対に許せない怪しい奴』がおるんよ。新興宗教の勧誘みたいなことしとる教授なんやけど……」
「いや、それは本格的にヤバい奴だから警察に……」
「次のターゲットは決まりやね! いくぞ、アイアン・ジャスティス!」
「話を聞けよユキリンー!」
夜の公園に、39歳独身男の情けない叫びが虚しく響き渡った。
神から授かった(地味な)能力と、歳の離れたオタク友達。
『正義のヒーローず』の、迷走に満ちた活動はまだ始まったばかりであった──。
ユキリンの行き過ぎた正義感だけが不安のタネであった。




