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彼女の部屋

 鉄男はアパートの一室に入って行った。ユキリンの、一人暮らしの部屋だ。


「むぉっ!?」


 玄関を入るなり、鉄男は驚きと感心の入り混じった声をあげた。


「すごいっしょ?」


 ユキリンが自慢げにそう言い、振り向いた。


 部屋の中はまるで貸衣裳スタジオだった。

 所狭しと置かれたハンガーラックにさまざまなコスプレ用の衣裳が吊ってある。

 しかしどれも細身の女性用のようで、鉄男が着られそうなものはひとつもなかった。


「おっきな衣裳作るのは初めてや〜! オラ、ワクワクすんぞ」


 ユキリンはそう言うなり鉄男の着ているワイシャツを後ろから脱がせはじめる。


「おっ……、おい!」


 鉄男には兄がいる。兄の娘がちょうどユキリンと同い年ぐらいだ。

 そんな子供に対してへんな気持ちにはなるはずがないと思いながらも、これはちょっと悪いことをしているような気持ちになってしまう。


 鉄男を上半身裸に剥くと、冷たい巻き尺をユキリンがそこに巻きつける。

 首回り、胸回り、腰回りと、ふよふよとした感触のユキリンの手が、ひとっとした感触の巻き尺を執拗に巻きつけるたびに、鉄男は心の中で必死に念仏を唱え、邪念を払った。


「手は武器に変形するさかい、伸縮性のある素材にしとかんとな」

 自分のアイデアにウンウンとうなずきながら、ユキリンが言う。

「ちょいと、武器にしてみて?」


「むん!」


 鉄男の拳が金槌に変わる。


「軽そうなハンマーやね」

 相変わらず感動のかけらもない口調でユキリンが言う。

「地味やわぁ」


「訓練すれば、そのうち色んな武器に変えることができるはずだ。飛び道具なんかにもしてみせる」


「とりあえず今は地味ってわけね」


「うるさい」




 ユキリンがミシンに向かっているあいだ、鉄男はパソコンでヒーローアニメを見せられていた。

 鉄男も初めて見るほどマイナーなアメコミのヒーローが、自分の腕をムチに変えて、襲ってくる敵の群れを一網打尽にしていた。


「ムチか……。これ、いいな」


「できたで!」

 ユキリンが叫んだ。

「カッコいいのできた! ここで着てみて!」


「こ……、ここでか」


「なんや、恥ずかしいんかいな。いいトシこいたオッサンが」

 ププププとユキリンが笑う。

「ほら! そこの吊ってある衣裳の陰に隠れて着替えり! ウチは飲みもん飲んどるさかいに」



 緑色だった。


 地味でベタッとしたグリーンの、まるで亀みたいなデザインの、しかしなかなか強そうなコスチュームだ。

 マスクを着けると完全に誰だかわからなくなる。

 手の先までコスチュームに覆われながらも、彼女が言っていた通り、スライムでもつけているかのようにそこだけにかなりの伸縮性がもたされていた。


「なんだか……これを着ただけで数倍自分が強くなったようだ」


「気に入った!?」

 オレンジジュースを飲んでいたユキリンが笑顔で振り向いた。

「おお! よう似合っとる! さすがウチの作ったコスチュームや! ほな、早速行こう!」


「行く? どこへだ」


「決まっとるやないの! 悪を成敗しにや!」


 もうすっかり夜になっていた。


 夜の闇を泳ぐように、二人は自転車に乗って町を移動した。


 暗い緑色の亀のような大男が後をついて走るのは、銀色のサイボーグのような衣裳を纏った細身の少女だ。


 思わず鉄男は後ろから声をかける。


「おまえの衣裳……、目立つな。ギンギラギンじゃないか」


「カッコええやろ?」

 ノリノリで自転車を漕ぎながら、仮面で目だけを隠したユキリンが振り向く。

「せや! ガンテツもヒーロー名考えな! 何にする?」


 じつはもう決めてあったその名を、鉄男は照れながら口にした。


「あ……、アイアン・ジャスティス」


「ええな!」

 ユキリンの仮面の奥の目があかるく笑った。

「ウチのことは『シルバー・ユキリン』て呼んでな!」


「どこかで聞いたような……」


「なろう作者の他作品のヒロインのことなんて、知っとるモンおるかいな! 気にせんとき!」


 シルバー・ユキリンのみぞおちのあたりには菱形に窓のようなものが開いており、その中に銀色の炎のようなものがユラユラと揺らめいている。


「おまえのそれ、カッコいいな」


「ええやろ? トリックアートやで、コレ」


「すごいな!」


 やがて二人は一軒の豪邸の前で自転車を並んで停めた。





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