覚醒
鉄男は夜、眠る前に妄想する。
ヒーローになり、活躍する自分の姿を。
『やっぱり空を飛べたらいいな』
美しい翼を背中にもち、エンジェルのように空を飛ぶ。
嬉しいぐらいに敵もいて、悪の怪人たちを妄想の中で次々と鉄男は倒していった。
目を覚ますと、まだ夜中だった。
見慣れた自室の白い天井が見え、それを背景に、見慣れないものが自分を見下ろしている。
『だっ……、誰だ!?』
そう言おうとしたが、口が動かない。
金縛りにかけられたように、体の自由が利かなかった。
だんだんと見慣れないものの顔がはっきりとしてきた。
それはテレビで見た頭部の大きなグレイ型宇宙人に似ている。が、鉄男は直感した。
『神だ!』
神は無表情に、長細い人さし指で鉄男の額に触れてきた。
そこから不思議な力が鉄男の中に流れ込む。
『お……、俺はヒーローになれるんだ!』
鉄男はさらに直感した。
『神が、俺の、願いを叶えてくれるんだ!』
再び目を覚ますと朝だった。
せんべい布団から身を起こし、鉄男は自分の体を確認する。
変わった様子はどこにもなかった。
『夢……だったのか?』
とりあえず朝食にすることにした。
レトルトカレーを温め、炊いておいたごはんにかけ、スプーンを──
「あっ! スプーンがなかったんだった!」
長いことコンビニのプラスチックスプーンを繰り返し洗って使ってきたのだが、この前それがついに折れてしまっていたのを忘れていた。
「どうしよう……。割り箸で食べるしか……?」
自分の太い人さし指を見つめた。
「あぁ……、この指が、スプーンに変身してくれないかな」
ニョキニョキと、指が変形をはじめ、思わず鉄男は目をかっ開いて口をおおきく開けた。
指が、鉄製のスプーンに変わった。
「夢じゃなかったんだ!」
鉄男は驚きと喜びの混じりあった声をあげた。
「俺……、神に改造してもらっちゃった!」
仕事帰り、鉄男はコスプレショップ『ぱふぱふ』に駆け込むと、一直線にヒーローコーナーへ急いだ。
ユキリンを探したが、いない。
一階の喫茶コーナーへ行ってみると、そこで紅茶を飲みながら本を読んでいる彼女を発見した。
「ユキリン!」
「あっ、ガンテツ。チッスー」
ユキリンの読んでいる本は『世界のマイナーヒーロー図鑑』だった。
それを見ると、鉄男はユキリンを信頼しきったような表情になり、打ち明けた。
「ユキリン! 俺……、ヒーローになれちゃった!」
ユキリンは頭のおかしい人を見る表情で鉄男を見た。
外へ出て、人気のない橋の下へ二人で行くと、鉄男は言った。
「見てろ」
自分の手に念を込める。
鉄男の右手が、あっという間に変形をはじめる。
「うおおっ!?」
ユキリンが驚きの声をあげる。
「そっ……、それはぁっ!?」
鉄男の手は、一瞬で、金槌に変化していた。
ユキリンが声を漏らす。
「……それだけなん?」
「自分の手を、イメージ通りの武器に変える能力だぞ。凄いだろ?」
「金槌って……。しょっぼ!」
「今は金槌がせいぜいだが、訓練して様々な武器に変えられるようにしてみせる! 飛び道具にもな!」
「ふ……、ふ〜ん」
鉄男と違い、ユキリンはあまり感動していなかった。
「それで……その能力で何するん? 銀行強盗もできないんちゃうん?」
「バカ! 俺がなりたいのは正義のヒーローだぞ! これで正義を執行するんだよ!」
「あっ。それじゃ……」
ユキリンが思い出したように言った。
「やっつけてほしいやつがおるんよ。悪いやつ! そいつをその能力でやっつけてくれん?」
その悪者は、ユキリンと同じ大学の男だということだった。
聞くところによると、ユキリンのバイクに車で接触しておきながら謝りもせず、弁償もしなかったという悪事を働いたらしい。
「いや……。そんなのおまえらの間で話し合って解決しろよ」
鉄男はまったく乗り気にならずそう言ったが、ユキリンは譲らない。
「ウチのこと舐めきっとるんよ。自分のやったこと認めよらんの。自分の言うことが正しいんやいうて、絶対に事実を認めへんの。弁償する気、一切なしや」
「だからそこを保険会社を中に入れて……」
「あいつ無保険やもん! ウチも入っとらんし!」
「そ……、それは……」
「とにかくあいつをやっつけて!」
縋るような目でユキリンは、かわいくお願いした。
「お願い、正義のヒーロー! かわいそうなウチを助けてください!」
「し……しかし……」
鉄男はたじたじとなった。
「そ、そんなことでもし通報されて、全国に俺の顔が報道されることになったら……」
「コスチューム作ったげる!」
ノリノリでユキリンが言い出した。
「アメコミヒーローみたいにかっこいいやつ、作ったげるよ! それで顔隠したら平気やろ?」