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9.墓参り(前)

警報機の音で、おれは半分目が覚めた。だが、体が起きようと

しなかった。そして、再び眠りに入ろうとしたら、今度は電車の

通り過ぎる音が耳に響いた。おれは寝返りをうって、うっすらと

目を開けた。寝呆けながら時計を見ると、午前六時だった。頭が

ガンガンとして痛かった。完全な二日酔いだ。起きるにはまだ早

いが、トイレに行きたかったので、仕方なくおれは起きた。


 トイレから出てまた寝ようと思ったが、二度寝すると起きる時

がつらくなると思い、おれは電気ポットで湯を沸かした。お茶を

飲むためだ。お湯が沸く間、畳の上に座った。今日は佳奈の三回

忌だ。剛が十一時頃に迎えにきて、美保の家に寄り、佳奈の墓参

りをすることになっている。


 昨夜、美保と話したことを思いだしたが、この二日酔いの頭で

は考えることが面倒になりやめた。お湯が沸く音がし、おれは頭

が痛いのを我慢して、コンロの火を止めた。ふつう、朝といえば

コーヒーだが、おれは日本茶党だ。物心ついた時から、おれはお

茶を飲むようになっていた。生まれた所がお茶の産地だし、実家

がお茶を作っていたことからだろう。


 朝起きてお茶を飲み、会社でまた飲む。取引先に行って、お茶

かコーヒーと言われれば、迷わずにお茶と言う。そして、アパー

トへ帰れば、寝るまでにお茶を最低四杯は飲む。


 おれは熱いお茶を飲みながら、だんだんと体が目覚めていくの

を感じた。二杯ほどお茶を飲むと、歯を磨き顔を洗った。それか

ら、鏡の前で髭を剃り、髪を整えた。着替えるには早いと思った

が、スウェット・スーツのままでは、また寝てしまいそうなので

着替えることにした。


 イエロー・カラーのポロシャツを着て、リーバイスのジーンズ

を穿いた。墓参りだけなのでこれでいいだろうと思った。それに、

このほうが佳奈も喜ぶだろう。


 おれは着替えると、別の部屋に行ってマルボーロ・カラーのレ

ーシング・スーツを持ってきた。もうかなり年季がはいっている

もので、オイルの染みがところどころについていた。


 趣味でレース活動を始めて八年になる。大学入学と同時に、お

れはレースにのめり込んだ。とは言っても、最初の三年間は学生

の身分でそんな大それたことはやれなかった。なけなしの貯金を

はたいて、時代遅れのスポーツ・カーを買うのがやっとだった。


 だが、大学三年の時に、サーキットを走っていると、ある人か

ら声をかけられた。その人は元スバル自動車のモーター・スポー

ツ部門のスバル・テクニカル・インターナショナルでチューナー

をやっていたそうだ。スバル・テクニカル・インターナショナル

は略してSTIと呼ばれる。STIはワークスマシンからストリ

ート用のチューンナップカーまで幅広く活動している。今ではそ

の人のことをおやっさんと呼んでいる。歳は五十過ぎていると思

う。


 おやっさんと知り合った時、おれはこう言われた。「4WDを

サーキットで走らせてみないか?」と。サーキットでは断然、F

Rがいい。それはコーナーをパワー・ドリフトできるし、ストレ

ートも速い。


 だが、おやっさんは4WDもドリフトすることができると言っ

た。実際はドリフトではなくて、4輪スライドというものなのだ

が・・・。

 その4輪スライドにおれは今夢中になっている。乗っているマ

シンも、ぎりぎりまでチューンされたマシンだし、走るのが楽し

い。毎週末は、熊本までおれは走りに行くことにしていた。明日

も勿論行くつもりだ。


 おれが佳奈のことを忘れていられるのは、マシンを操っている

時だけなのかもしれない。おれはレーシング・スーツをバッグに

しまい込むと、寝転がった。目を閉じて、サーキットでのイメー

ジ・トレーニングを始めた。だが、おれはイメージ・トレーニ

ングをしながら、不覚にも途中で寝てしまった。


 目が覚めたのは、玄関のドアを叩く音だった。おれは慌てて起

きた。どうやら、剛が迎えにくる時間まで寝ていたらしかった。

玄関を開けると、剛のしかめっつら顔があった。


「どうしたんだよ。さっきから、チャイム鳴らしてもでねえし」

「すまん、すまん。どうやら、二度寝したらしい」

「二度寝だと?こっちは夜中の二時まで演奏して眠いのを我慢し

て迎えにきたというのに・・・」


 剛の機嫌はあまりいいほうではないようだ。無理もない。美保

との連絡もとれず、もやもやした気分でいるのだろうから。その

当の美保はおれのところに来ていて、そのおかげで寝不足だとは

口が裂けても言えなかった。


「まあ、そう言うなよ。その代わりといってはなんだが、おれが

運転するから」

「そんな寝呆け頭で大丈夫か?」

「大丈夫だって。時間もないし、すぐ出発しようぜ」


 おれはそう言うと、バッグを取って外に出た。空は雲ひとつな

い天気だ。剛の車は田んぼに横づけされていた。おれはここの田

園風景が気に入って、今のアパートを借りたようなものだ。梅雨

に入ると、蛙の鳴き声がうるさいが、のどかさが気に入っている。

これも田舎育ちのせいだろう。


 剛の車はスバル・レガシィのツーリングワゴンだ。剛はドラム

をやっているので、どうしても荷物が必然的に多くなるのだ。そ

れでどうしてもワゴンが欲しいということで、おれがおやっさん

に頼んで、安く購入したわけだ。


 おれは車の運転席に座った。剛も助手席に乗り込もうとした。

 そこで、おれは言った。

「剛。おまえは後」

「後?ったく、余計な気を使うなよ」

「いいや。おまえ、美保とこのところ会っていないんだろう?つ

もる話もあるだろうからな」

「はいはい。わかりましたよ。座りゃいいんだろ、座りゃね」


 そう言いながらも、剛の目は笑っていた。美保の名をだすと、

剛は機嫌が少し直ったようだ。やはり、剛は美保のことを想って

いるようだ。美保が余計なことを言わなければいいが・・・。


 おれは助手席にバッグを置き、車を出した。美保の家はここか

らわりと近くて、車で十分ぐらいのところにある。住宅地で便利

な所だ。スーパーはすぐ近くにあるし、郵便局や銀行は歩いて行

ける範囲だ。


「家に近づいたら、起こしてくれ。おれは少し寝る」

「ああ。わかった」

 剛は短時間で寝るのが得意だ。これはライブの仕事で憶えたも

のらしい。ライブハウスによっては朝まで演奏しなくてはいけな

い所もあるらしく、その休憩の合間になるだけ寝るようにしてい

るようだ。演奏は毎ステージ同じだから、一回演奏すれば憶える

と剛は言っている。こういう話を聞くと、やはり剛はおれとは違

う世界に生きているんだなぁと思ってしまう。


 おれは駅前を通り過ぎ、大通りに出た。人通りも増えてきたよ

うだ。午前十一時近いのだから、当たり前かもしれない。

しかし、佳奈の三回忌の前に仕事が片付いてよかった。ひょっ

としたら、佳奈がおれに力を貸してくれたのかもしれない。


いつか映画で見たことがある、人間というものは事を成す時、

自分の力だけでやり遂げたと思うことがある。だが、そういうふ

うにやるように、亡くなった人たちがその人間に仕向けているの

だと。それが現世の人間には自分でやったように思えるのだと。


 おれは、そんなことを考えながら車を走らせていた。踏切を過

ぎて、少し行くと交差点が見えた。この交差点を過ぎれば、美保

の家はもうすぐだ。交差点を突っきり、登り坂の通りを走る。右

手に中学校が見えたら、今度は下りになる。そして、スーパーマ

ーケットの手前で左折すると、もう美保の家だ。


「剛。着いたぞ」

 おれはルームミラーで後を見ながら、言った。

「お、おお。そうか。少し寝ると、だいぶ疲れがとれるな」

 剛はそう言うと、大きな欠伸をした。

「まったく、おまえはほんと寝つきがいいなぁ」


 おれはそう言うと、車を美保の家の先に横づけして車を停めた。

美保はまだ家にいるようだ。十一時過ぎにに迎えに行くと言っと

いたんだから、家の前に出てりゃよさそうなのに。


「剛、おまえが呼んでこいよ」

 おれは剛に言った。

「いや、いい。おまえにまかす」

「なんでだよ。おまえら付き合っているんだろうが?」

「今は微妙だ」

「そんなふうだから、おまえは・・・そうだ、こんな口論してい

ると時間がなくなる」

「そうそう」

「そうそうじゃねえよ。しょうがねぇなぁ」


 おれは文句を言いながら、車を降りた。美保の家というのは、

ごく普通のサラリーマン家庭だ。父親は仕事人間で、母親がけっ

こううるさいらしい。あと妹がいるらしいが、会ったことはない。

 玄関の前に立ち、おれは呼び鈴を押そうとした。そうしたら、

急に玄関の戸が開いたのでびっくりした。


「ジャスト・タイミング!」

 美保がおどけたようにして、現われた。

「何がジャスト・タイミングだよ。驚かすくらいなら、家の外で

待ってろよな」

「エヘヘ・・・驚いた?」

「あたりまえだ。まったく、ふたりとも世話やかせるぜ」

「ふたりとも?剛と私のこと?」

「ほかに誰がいる?おまえらのことはよくわからん。美保、剛少し

機嫌が悪いみたいだぞ。あやまっとけよ」

「まかときなさいって」


 美保はなぜか、今日はえらく明るい。昨日とは別人のようだ。

 ますますおれは美保が理解できなかった。

 美保は玄関の戸を閉めると、車の方へ小走りで向った。美保の

服装も昨日とは正反対だ。イタリアン・レッドのトレーナーとジ

ーンズというラフな格好で、髪もきれいにまとめていた。


 おれが車に戻ると、美保と剛は上機嫌で話していた。美保にかか

ると剛はメロメロだ。どうやら、美保は剛に喋る暇は与えないよう

にしてるらしく、すごい勢いで話している。剛は時々相づちをうつ

程度だ。


 おれは運転席に座り、キーをひねりエンジンをかけた。すると、

剛がおれの方に声をかけた。

「テル。ほんと運転しなくていいか?おまえ、まだ眠いんじゃない

のか?」

「だいじょうぶだって。それに、おれはステアリングを握るとシャ

ンとするんだから」

「あれっ。テル、寝坊したの?また、おそくまで酒でも飲んでたん

でしょ」


 思わずおれは美保をミラー越しに睨みつけた。まったく、誰のお

かげで寝坊したと思っているのか。おれは小さなため息をついて、

ウィンカーを右にだしてアクセルを軽く踏み込んだ。


 佳奈の墓は八女郡の立花町というところにあり、福岡市からだ

いたい一時間半ぐらいの距離だ。立花町はおれの故郷でもある。

町といっても、福岡の町に比べるとのんびりしていて、車もたま

にしか通らないような所だ。





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