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6.来訪者

 おれは少し歩いて大通りに出ると、タクシーを拾い、私鉄の駅で

降りた。そこから電車に乗り、四つ目の駅で降りた。アパートは駅

から歩いて七分ぐらいの距離だ。歩いている途中で、携帯が鳴った。

 携帯を取り出すと、剛の名前が表示されていた。


「はい」

「あ、おれ。剛」

「おう。そろそろかかってくる頃だと思ってた。明日のことだろ?」

「それもあるんだが、美保がそっち行ってないかなと思って」

「美保?おれまだアパートじゃないんだ。帰ってる途中だから」

「そうか・・・」


 美保と剛はつきあっていた。だが、佳奈がいなくなってふたりの

関係は微妙にずれてきた。剛はそのことで悩んでいた。

「まだ・・・うまくいってないのか?」

「ああ。なんでこうなったのか、おれにもわからん。もし、美保か

ら連絡があったら知らせてくれ」

「わかった」

「明日は予定どおりだな?」

「ああ。このまえ言ったとおりだ。美保は大丈夫だろうな」

「それも言おうと思って、連絡したんだが・・・あいつのことだ。

親友の三回忌は忘れることはないだろう。すまんな、仕事帰りのと

ころを。じゃ明日」


 剛はそう言うと、携帯を切った。剛と話しているうち、アパート

に着きそうだった。おれはアパートに帰る前に、少し空腹感を憶え

たので、近くのコンビニに寄ることにした。コンビニの前には高校

生ぐらいの少年たちがたむろしていた。こういう光景を見ると、時

々うらやましく思う。おれがこの年代の時はバカばっかり言って、

将来のことも漠然としか考えていなかったけ、と。そしてそんな時

代が一番良かったのかもしれないとも。


 そんなことを思いながらコンビニの中に入った。惣菜コーナーへ

足を向けたが、当然弁当類も少なかった。時間は午後十時過ぎてい

るのだから当たり前だ。しかたなく、カップラーメンを手に、雑誌

でも買っていくかと思い、そっちに目を向けると見慣れた後姿があ

った。


 美保だった。相変わらず、美保の後ろ姿にはスキがない。茶髪で

ミニのスーツ姿で、豹柄のバックを肩から下げている。美保の後姿

にはだいたいの男がハッとさせられる。そして正面から見るとドキ

ッとする。


 そう、美保は美人だ。誰が見ても美しいと思うだろう。美保から

笑いかけられると男はまいってしまう。それが美保の武器でもある。

美保は自分自身をよく知っている。どういうふうにすれば、男をも

のにできるかを。


 しかし、ほんとうの美保を知っているのは、佳奈だった。佳奈と

美保はいつも一緒に行動していた。佳奈はどちらかというと、可愛

いタイプだった。だから外から見ると、美保が姉で佳奈が妹のよう

な感じに見えた。だが、実際は正反対だった。


 美保はよく佳奈からアドバイス(説教?)を受けていた。佳奈が

いる頃は美保は男遊びもしなくて剛一辺倒だったし、服装も落ち着

いていた。それが佳奈がいなくなると、美保は急に派手になってい

った。まるでつっかえ棒がとれてしまったかのように。今日みたい

なスーツ姿の時は決まって、男とデートだ。


おれは美保の隣に立ち、一冊のタウン情報誌を手に取った。チラ

ッと美保の横顔を見た。美保は全然気づかない。おれはタウン情報

誌に目を落とした。そして、また美保の横顔を見た。今日も化粧を

念入りにして、ルージュもいつものピンクできめていた。じっとお

れが顔を見ても気づく様子がない。雑誌を見ているが、読んでる気

配がない。


「なにしてんだよ、こんなとこで」

 おれはニヤリとして言った。

「え?あ、テル」

 美保はビクッとして雑誌から目を離し、おれを見た。

「えじゃないよ。さっきからじっと見てたのに」

「ゴメン。読むのに夢中でさ」

「そうかぁ?そのわりにはページをパラパラとめくってたぞ」

「もう。そんなにつっこまないでよ。そんな人の顔をじっと見てる

ぐらいなら、早く声かけてくれればよかったのに」


「いやぁ。あんまり美人なんでつい見惚れてたのさ」

「ふん。いつも見てるくせに、よく言うわね」

「ところで、ここにいるってことはおれに何か用事だったのか?」

 美保は返事をするかわりに首を縦にふった。

「アパートの前でしばらく待ってたけど、帰ってきそうもなかった

から」

 そう言うと、美保は持っていた雑誌を元に戻した。


「携帯にかけりゃよかったのに」

「仕事だったら悪いなと思って」

「まあ、立ち話もなんだから行くか」

「うん・・・」

 おれは情報誌とカップラーメンの代金をレジで支払った。アパー

トはコンビニから歩いて二、三分のところにある。


「情報誌なんか、まえから買ってたっけ?」

 美保がコンビニを出て歩きながら聞いた。

「買い出したのは最近だよ。営業はいろんな情報にアンテナを張っ

てないとな」


 やがて、アパートに着いた。このアパートはけっこう古い。した

がって室内もフローリングではなく、和室の六畳と四畳半とキッチ

ンだ。おれは玄関を開け、電気のスイッチを押した。美保はここに

は何度も来ているので、さっさとハイヒールを脱いで、あがってい

た。おれはキッチンに行き、電気ポットのスイッチを入れた。


「前と来た時とあまり変わってないのね」

「あいかわらず散らかってると言いたいんだろ?」

「散らかってるとは思わない。男の人の部屋のわりにはこざっぱり

してるわ。もっとも今日行ってきたマンションよりは散らかってる

けどね」

「今日は誰とデートしてきたんだ?」

 美保はそれに答えず、いきなり畳の上に寝っころがった。


「あーあ、気持いい!」

「おいおい。ここはホテルじゃないんだぜ。少しは遠慮しろよな」

よな」

「ここへ来ると落ち着くわ。これでスーツ脱げればもっといいんだ

けどな」

「脱ぎゃいいじゃん」

「まさか。ほかに着るもんないもん」

「佳奈のがあるよ。サイズは一緒だったろう?」


 その瞬間、おれはカップラーメンの蓋をはがしながら、美保の視

線を感じた。しばしの沈黙が流れた。やがて沈黙を破るように、け

たたましい音が鳴った。おれは電気ポットを持ち、そのまカップラ

ーメンにお湯を注いだ。美保はおれと少し距離をおいてまだ視線を

向けていた。そして、ポツリと言った。


「佳奈のこと・・・やっぱり忘れられないの?」

「・・・・うまそうだ。カツプラーメンは体に悪いとわかっていて

もうまいんだよなぁ」

 おれは美保に笑いながら言った。美保は少し悲しそうな顔をして

いた。なぜか美保の顔を見たら、自分自身に腹がたった。


「忘れられるわけがない。おれは・・・佳奈を・・・」

 そのあとを言葉にすると、涙声になりそうだった。

「ごめん・・・テルが一番つらいのよね。じゃ佳奈の借りるね。ど

こにあるの?」

 おれはラーメンを口に入れながら、クロゼットを指差した。美保

はクロゼットを開けて、スウエット・スーツを取り出した。そして

そのスウェット・スーツを抱き締めるようにして立っていた


「佳奈のにおいがする・・・」

 美保はそう言うと、バスルームの方へ入っていった。おれはラー

メンをかきこむように口に入れ、あっというまに食べてしまった。

うまいと言っておきながら、味なんて全然わからなかった。


 あのスウェット・スーツは佳奈がいつも泊まっていく時に着てい

た。クロゼットには、佳奈の服がいくつかまだある。ナイキのトレ

ーナーとリーのジーンズ。そして仕事着の紺のスーツ。金曜の夜こ

こに着て、月曜の朝には颯爽とスーツ姿でおれと途中まで出勤して

行くのだ。デートの時は必ずリーのジーンズを穿く。佳奈はスカー

トはあまり穿かなかった。だが佳奈はスカートより絶対ジーンズが

似合ってたと思う。佳奈のジーンズ姿は躍動感に満ち、なによりも

健康的だった。


 おれはいつのまにか、佳奈の思い出ばかりを追っていた。これも

美保が余計なことを言うからだと、おれは美保のせいにした。その

美保はなかなかバスルームから出てこようとしない。おれはバスル

ームの方へ近づいた。そして、ハッとした。美保は泣いていた。お

れは最愛の恋人を亡くしたが、美保は最大の親友を亡くした。おれ

も美保も佳奈の影から、なかなか抜け出せないでいた。


 おれは美保がバスルームから出てくるのをテレビを見ながら待っ

た。画面には深夜のドラマが映っていた。このドラマには覚えがあ

った。おそらく3年前ぐらいのドラマの再放送だろう。この部屋で、

佳奈と一緒に見ていた記憶があった。


 佳奈はこのドラマ主演俳優が好きだった。ふたりで缶ビール飲み

ながら見ていた。あの頃は、この部屋にも笑い声があった。それが

今では、おれはため息ばかりをついている。美保はまだバスルーム

から出てくる気配がなかったので、ドラマを見ていた。ようやくバ

スルームのドアの開く音が聞こえたのでリモコンでテレビを消した。














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