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4.新入社員

『へぇー。なかなか可愛い子だな』

 おれは健人がタイプだと言うのも、なるほどなと思った。お京さ

んはその可愛い子となにやら話し込んでいる。おれはそ知らぬ顔し

て、横に座った。テーブルには食べ残しの刺身や、徳利が転がって

いて、とても飲む気にはなれない。おれは新たに酒を頼もうと、通

りすがりの仲居さんを呼び止め注文しようとしたところ、いきなり

おれの前に徳利と杯が差し出された。


「お酒ならここにありますよ」

おれの前には、その可愛い子がいつのまにか座っていた。目がク

ルっとしていて、肌はぬけるように白い。髪も近頃には珍しく、黒

髪でストレートのロングだ。


「あ、どうも」

「こら、テル。おまえ、ちゃんとアヤが酒を注ごうと待っているの

に、わざとらしくするんじゃねえよ」

 お京さんは完全に目がすわっていた。口からでてくる言葉は女の

かけらもない。

「アヤ・・・?」


 おれはお京さんから少し身を引くようにして言った。

「はい。近藤彩です。はじめまして。今年で二十四にになります。

営業部で働かせていただくことになりました」

「あ、高橋光輝っていいます。遅れて申し訳ない」

「とんでもありません。仕事だったんでしょ?あ、今日はおめでと

うございます。すごい大きな契約がとれたそうですね。で、それを

祝して一献どうぞ」

 アヤはおれに杯を取らせて、お酌した。


「ありがとう。なんか、おめでとうって言われるとなんか妙な感じ

じだな」

「めでたくないのか?」

 お京さんは酒を一口飲むと、おれを睨むように見た。いつのまに

か杯がコップ酒になっていた。

「いえ、いえ、違いますよ。俺が言いたかったのは・・」

 おれが言おうとしたら、その後をアヤが代わりに言った。

「お京さん。高橋さんが言いたかったのは、プライベートでなにか

めでたいことがあったみたいと言いたかったんですよ。そうですよ

ね、高橋さん」

「まあ・・・そんなとこかな」


 おれは少し驚いた。入社一日目で、お京さんに対してここまで言

えるのは、たいした子だ。

「近藤さん・・でしたっけ」

「テル、アヤでいいんだよ。アヤも高橋さんなんて呼ばなくていい

から。テルで十分だよ」

 お京さんは面倒臭そうに言う。


「いや、それはあんまりですよ。会ったばかりなのに・・・」

「いえ、かまいませんよ。子供の頃からそう呼ばれることがほとん

どでしたから」

「そう。それじゃ、呼び捨てはあんまりだから、アヤちゃんでいこ

う。アヤちゃんはお酒強いほうだろ?」

「テル。いきなり酒のことかよ。先輩らしく仕事の話なんかしたら

どうなんだ?」


 またもやお京さんが横槍を入れる。

「いいじゃないですか。それにお京さんはいつも言ってるじゃない

ですか。酒の席で仕事の話をするなって」

「それはあたしの前でだよ。こんな可愛い子が後輩として入ってき

たんだよ。ちったぁ先輩らしく、入社しての感想は?とか聞けよ」

「そんないきなり先輩とか言われても、ピンときませんよ。今まで

営業では一番下っ端だったんですから」


 おれは喋りながら、どうやらお京さんのペースに乗せられそうな

気がしてきた。

「なんかお京さんとテルさんって姉と弟みたいですね。弟がどんな

に口答えしても、お姉さんには口ではかなわないって感じ。あ、す

いません。新入社員のくせに生意気なこと言って」


「おっ、いいねえ。そのノリ。あたしの妹分にもってこいだよ」

 お京さんは、ますます図に乗ってきた。

「あれっ。もうアヤちゃんはお京さんの妹分になったの?」

「はい。なんかお京さんとは波長が合うんです」

 おれはそういうアヤに酒を返杯した。アヤは杯の酒をひとくちで

飲み干した。


「おいおい。そんなに無理して飲まなくてもいいよ。ゆっくりでい

いから」

「大丈夫です」

「でも赤いよ」

「えっ。顔にでてますか?私、顔にはほとんどでないほうなんだけ

どなぁ」

「顔じゃなくて、耳」


 おれがそう言うと、アヤは耳たぶに手を当てた。

「見えてたんですかぁ。髪で隠れて、わからないと思ってたのに」

「チラッとね。でも、耳が赤くなる人は酒が強いほうだよ」

「だから、強いって言ったんですね」

「そういうこと。お京さんには負けるだろうけど」

 おれはそう言って、隣のお京さんは見た。


 酔っぱらった声が聞こえなくなったと思ったら、いつのまにか首

をうなだれてこっくり、こっくりやっていた。

「今日は早いな、寝るのが。ペース早かった?」

 おれはアヤに尋ねた。

「よくはわからないけど。私、みなさんにお酌してたから。でも、

酔うのは早かったみたい。だって、途中からテルはまだかぁって叫

んでましたから」

「やっぱしな」

 おれは苦笑いした。


「高橋さ・・・、テルさんもお酒強いんでしょ?」

 なかなか酒の話から抜け出れそうもない。

「まあね。強いというよりも、強くなったんだよ。知ってるかな、

工務の谷課長」

「あ。あの体格がガッチリした人でしょ」

「そうそう。谷さんから酒を教えられたんだ。そうだなぁ、二日に

一度ぐらいで飲みに行ってたな。おれは最初、工務部で入ったから

ね。でも、営業になったら接待がけっこうあるから助かってるよ」

「そうなんですか。やっぱり営業という仕事は、デートなんかする

暇、あまりないんですか?」


 おれはやっぱりなと思った。おれが営業に配属された当初、お京

さんに質問したことと同じだったからだ。

「たしかに暇はなくなるね。今日取った仕事も四ヵ月間、ほとんど

残業ばかりだったし。もっとも、おれは今相手がいないけどね」

「ほんとですかぁ。テルさん、モテそうだけどな」

「先輩をあんまりからかうんじゃないの。アヤちゃんこそ、いるだ

ろう?」

「うーん。いるような、いないような・・・」


 アヤは歯切れの悪い言い方をした。それにしても、おれとアヤは

さっきから酒をけっこう飲んでいた。アヤはたしかに酒は強いよう

だ。喋り方も全然酔った感じはなくハキハキしてるし、目を輝かせ

るようにしておれの顔を見ている。


「営業部に入ったから彼氏とデートできないんじゃないかって、心

配なんだろう?」

「まあ・・・。でも私、事務職って苦手なんです、体動かすのが好

きだから。だって建設現場みたいな所でもいいなって思ってたくら

いですから」


「だけど、営業といっても女性の場合は事務的なものが多くなるん

じゃないかな」

「いえ。それは面接の時に課長にちゃんと言いましたから。小間使

いでもいいから、外で働きたいって」

「そうか。課長にそこまで言うとはたいしたもんだ。まあ、課長も

何か考えるとこあってアヤちゃんを入れたんだろうな」


「失礼ですけど、年齢のほうはいくつなんですか?」

「二十七」

「あ、それじゃ私と近いじゃないですか。年齢も近いことだし、ほ

んとよろしくお願いします」

「俺もまだペエペエだよ」

 そう言うと、ふたりで笑いあった。アヤは笑うとえくぼができ、

なかなか魅力的だった。おれはアヤの彼氏がちょっとうらやましか

った。


「おーい。近藤さーん。そろそろ主役の出番だぞぉ」

 すっかりカラオケの進行司会者になりきっていた古賀主任から声

がかかった。古賀主任は生え抜きの営業マンで、ベテランだ。いか

にも営業マンらしい人で、歩く時なんか胸を張っている。ただ、谷

課長と時々やりあう時がある。どちらとも仕事にプライドをもって

いるタイプだから、一歩も引かないのだ。それを除けばいい人では

あるが。


「アヤちゃん。ご指名だぞ」

「私よりテルさんからどうぞ。古賀主任、テルさん、テルさん!」

 アヤは古賀主任の方を見ながら、大声で言った。

「ん?あ、高橋は一番最後だ。高橋が歌うと、誰も歌えなくなっち

まう」

「そんなにうまいんですか?」

 アヤはクルっとした目で驚いたような表情を僕に向けた。

「おれのことはいいから、行ってこいよ。これも新入社員の定め」

「はい。わかりまーした。近藤彩、ただいまより歌ってまいりまー

す」

 アヤはおどけて言うと、スッと立ち上がった。


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