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35.ファイナル・ラップ

バイバーはコーナーでおれにプレッシャーをかける。アウトか

インかどっちで抜くつもりかわからない。だが、どちらかをブロ

ックしなければならない。おれはインをブロックした。それと同

時にバイパーはアウトから抜くしぐさを見せ、インを突こうとし

た。ここはなんとかブロックした。


 何とかトップのままでトンネルを抜け、シケインにさしかかる。

 バイパーはピッタリとくっついてくる。ここでは抜かれる心配

はない。シケインを抜け一気に加速。最終コーナーまでのストレ

ート。


 バイパーが横に並んだ。ほぼ横一線で最終コーナーへ。おれは

ここでわざとバイパーにフロントをバイパーに向けた。バイパー

はおれから少し離れる。タイヤが限界なので、ここで勝つにはバ

イパーにプレッシャーをかけるしかなかった。


 最終コーナーをわずかにリードしてクリアし、立ち上がりから

全開走行。チェッカーフラッグが遠くに見える。もう少しだ。

 だが、再び真横にバイパーが並んだ。タコメーターの針がレッ

ドゾーンで揺れる。だめだ。抜かれる。その時チェッカーフラッ

グの手前に何かが見えた。


『テル。早く来て。ここがゴールよ』

 佳奈だった。佳奈がゴールラインで手をこ招いている。

『佳奈……やはりいたんだな。おれをここまで導いたのはおまえ

だったんだな』


 おれは佳奈を目指して、アクセルを踏み続けた。そして佳奈が

目前になった時、姿は消えた。チェッカーが降られた。ゴールだ。

 おれはアクセルを緩めた。そして第二コーナーでコースの外に

マシンを停めた。もうこれ以上走る気力はなかった。マシンを停

めても降りずに、ただ呆然としていた。

『さっきはのは幻だったのだろうか?いや、あれはたしかに佳奈

だった。あの姿は佳奈に間違いない。ひょっとしたら佳奈はおれ

に最後の別れを言いにきたのかもしれない』

 おれは本気でそう思った。それほど佳奈の姿ははっきりと瞼に

焼き付いていた。


 おれはアクセルを緩めた。そして第二コーナーでコースの外に

マシンを停めた。もうこれ以上走る気力はなかった。マシンを停

めても降りずに、ただ呆然としていた。

 その時、おれの視界にマシンが一台ゆっくりとコースアウトし

て停まるのが見えた。バイパーだ。


 おれの姿を見つけて由樹もマシンを停めたのだろうか。だがバ

イパーは停まってはいたがエンジンはかけ放しで、由樹は降りて

こようとしなかった。数分待ってもそれは同じだった。


 おれは怪訝に思い、マシンを降りてバイパーに近づいた。近づ

いてバイバーのフロントガラスから中を覗き込んだ。由樹はぐっ

たりとしていた。


『いかん。脱水症状だ』

 おれはドアを開けようとした。もちろんドアは開かない。必死

で叩いて由樹を起こそうとした。あきらめずに何度も何度も叩い

た。そしてドアが開き、由樹が倒れ込むように出てきた。意識は

まだあるようだ。だが危ない状況には違いない。


「おい!救急車だ」

 おれはサーキット・スタッフの誰ともなしに叫んだ。スタッフ

のひとりが駆け寄って来て、慌てて携帯電話で本部に連絡をした。

 おれは由樹を砂地に寝かせ、ヘルメットを脱がせた。ヘルメッ

トを脱がせると、顔が真っ青だった。無理もない。


 この暑さで、これだけの激しいレースをすれば、男のおれでも

かなりの体力を消耗している。救急車はまもなくして来た。担架

に由樹を乗せ、走り去った。スタッフはバイパーを移動させよう

としていた。


 その時、初めておれは自分がヘルメットを脱いでいないのを思

い、慌てて脱いだ。そして大きくため息をついた。夕暮れ時なの

にサーキットはまだ暑かった。


 おれは勝ったのだろうか?

 ゴールラインの近くでバイパーに抜かれたような気はしたが、

佳奈の姿しか見ていなかったので、わからなかった。


 ただ今は勝敗よりも精一杯やったという実感だけがあった。そ

れに疲れもピークに達していた。そろそろパドックへ戻らないと、

おやっさんたちも心配しているだろう。おれはヘルメットを抱え

ながら、マシンに乗り込んだ。


 パドックへ戻ると、兄貴たちも来ていた。みんな、なぜか興奮

している様子だ。

「よくやった、テル!」

 おやっさんが顔をしわくちゃにしながらおれに言った。


「テルさん。私、感動しちゃった。クラッシュのアナウンスを聞

いた時は心配したけど、それからの走りは感動的だった」

 アヤは興奮した様子で言った。おやっさんといいアヤといい、

えらく興奮している。ただ、剛だけは冷静なようだ。


「ところで救急車が行ったようだが、何かあったのか?」

「ああ。由樹だ。由樹が運ばれて行った」

「どうかしたのか?」

「脱水症状だ。この暑さだ。無理もないだろう」


「大丈夫なのか?」

「点滴でも打てば直るだろう。おれも経験がある。走っている最

中は集中しているからいいが、終わった途端にくるんだよ。おれ

でも今日の暑さにはまいっているんだから、彼女は当然だろうよ」


「しかし、おまえの走りは今まで見た中でも最高だったぜ。最終

コーナーを立ち上がって来る時なんて、まるでマシンをねじ伏せ

ている感じだったもんな」

 おれは剛の言葉を笑いながら聞いていた。


「テル。疲れたろう。早くシャワーを浴びてこい」

 兄貴の一言で、ようやくおれはみんなの祝福責めから解放され、

疲れをとることができた。

 シャワー室から出て、Tシャツとジーンズに着替え、パドック

へ戻った。パドックにはアヤひとりだった。サーキットが騒がし

かった。


「みんなは?」

「ガレージ。車と一緒に記念写真撮ってる」

「そうか。なんかえらい騒がしいな」

「正式な順位が発表されたみたい」


「おれの順位は?」

「残念だけど・・・」

「やはりな。ゴールラインのストレートで抜かれたか・・・」


「そうじゃないみたい。ほぼ同時にゴールインして、テルさんの

方がわずかに遅かったって。相手の車のボディが長かったから、

その差だろうって」

「マシンの長さで負けたか。だが負けは負けだな」


「でもテルさん素敵だった。コースアウトのアナウンス聞いた時

は心配したけど」

「おれもあそこで早々とあきらめかけたよ」


「でもあきらめなかったんでしょ?」

「いや。佳奈が励ましてくれたんだ」

「佳奈・・・佳奈さんって、テルさんの・・・」


「ああ。何度もレースの最中に佳奈の声が聞こえた。自分に負け

るなってね」

「それは佳奈さんの声だったかもしれない。でもテルさんの心に

そういう思いがあったから走れたんだと思う。テルさんにこんな

こと聞く失礼だろうけど、負けて悔しい?」


「そりゃ悔しいさ。あれだけ無理して今までで最高の走りをした

んだから。でもそれとは別に精一杯やったっていう充実感はある」

「テルさん。お願いがあるの」

「何だ?」


「何も言わないで私を抱きしめてほしい。ギュッーて。テルさん

は私にパワーをくれるって言ってくれた。私、それをもっと肌で

感じたい。テルさんの走りを見て思ったの。人間には可能性が無

限にあるんだって。でもその可能性を信じるか信じないかは自分

次第なのよ。そこであきらめてしまえば、そこで終わってしまう。

自分を信じること。そして結果よりもその過程が大事なんだって」


 おれはアヤの言葉が嬉しかった。二十五周の走りをここまでわ

かってくれたことに対して。おれはアヤの肩にそっと手を触れた。

アヤはおれに体を預けてきた。パドックは暑かった。アヤも汗を

かいている。だが今はそんなことはどうでもよかった。今、おれ

とアヤの思いがひとつになっていることが嬉しかった。おれはア

ヤを力強く抱きしめた。


「私・・・もう一度やり直します。一からやり直したい。テルさ

んの走りを見てそう思いました。応援してくれますか?」

 おれはアヤの言葉にホッとした。

「自分で決めて、自分で歩きだす。それが一番いい。おれはアヤ

ちゃんの味方だ」

 アヤはおれの胸の中でコックリと頷いた。

 サーキットではもうすぐ表彰式が始まる。

 勝者のいない表彰式が・・・ 


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